2018年05月01日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㉞

その一 異郷の空へ㉞
 

あくる朝、痛い体を押して起床した。母にはおくびにも出さず、平気な顔をしていた。そして海山道場(勝手に名付けた)へ出掛けた。もう、初日の様な甘えは許されないと自覚した。勿論、水筒も用意したのである。
 今日は作業目標があった。荷物を全部片付けるのだ。そうしないと次の計画が進まないのである。けれど一人の一馬力にも満たない小さな力なので、汗の量と作業量とは比例せずに、時間ばかりがドンドンと過ぎて行った。
 本の束を運ぶ途中であった。ふと、つまらぬ思いが蛇のように、心の中にニョロニョロと鎌首を持ち上げてきた。
『こんなしょうもない事をやっていて、本当に道場が出来るのやろうか』
昨日は大きな荷物をあらかた片付けたのだが、本当は半ばウンザリとなっているのだ。何か自分は、飛んでもない物に手を染めたのではないか。埃の溜まった床面も、剣道が出来るかどうか分からない。そう思って立ち止まると急に両手の力が抜けた。そのとたん、本が足元に散ばって落ちた。
『こんなシンドイ事は辞めてしまおうか。今やったら、誰にも迷惑はかかれへん筈や』それが一番簡単で楽な方法だ。夏休みだから誰も知らないし、苦しい事や辛い事など、自分一人でする必要はないのだ。
『そうや。こんなシンドい作業なんか、辞めたらええのや』一人の二郎が囁いた。すると、すぐにもう一人の二郎が叫んだ。
『アカン! 初心を貫いて、剣道場を作るんや! 』二ツの思いが交錯した。モヤモヤとした気分に心が揺れた。
 だが、埃にまみれ切り傷が付いた両手を見て、ハッと気付いた。
『アカンのや! 昨日、小父さんにスイカをご馳走になり、励まして貰ったではないか。辞めてしまえば、その期待を裏切る事になる。その上、人間としての値打も無くなってしまうのだ。自分の夢を達成する為にも、やり抜くしかないんや! 』そう強く自分自身に言い聞かせた。そうなのだ、ここで挫折してしまうのなら、初めから手を出さなければ良かったのだ。そんな自分を恥ずかしいと思った。
 

  

つづく



我家の双子も進学と就職ですが二人とも5月病です(^^;
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posted by はくすい at 16:04| Comment(0) | 虹のかなた

2018年04月26日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㉝

その一 異郷の空へ㉝
 


夏の日は長い筈だが、時間はアッと言う間に過ぎ、夕方の五時になった。これで今日一日の仕事が終ったのだ。けれど一日・八時間の短い時間では、僅かばかりの荷物しか移動出来なかった。
 体は埃と汗との汚れでまっ黒になっていた。洗い場で全裸になり、頭上から水を浴びて体を洗った。用務員さんに見られても恥ずかしくはないのだ。もう蝉も泣き止んで静かになり、おだやかな夏の夕暮れとなった。
 「ただいま」
帰って来た顔を見るなり、すぐに里子が言った。
「お帰り。二郎ちゃん、お風呂が沸いてるよ。お入り」
母が気を利かせて風呂を沸かしてくれていた。喜んですぐに入った。
 湯船に浸りながら、両手を上げて大きく伸びをした。すると、あちこちの筋肉がキリキリと痛んだ。あの荷物運びが原因なのだ。普段使っていない筋肉を、重い荷物を運ぶ為に無理矢理に使ったからこうなったのだ。作業の時は気付かなかったが、腕や手には沢山のスリ傷やひっかき傷が出来ていて、血が滲んでいた。その傷に湯が侵んでヒリヒリと痛かった。
「しんどかったけど、楽しかったわ。昔の使えんモノを、ようけぇ残してあったで。片付けるのが大変や。あとどれ位時間が掛かるんか、全然分からへんわ・・・」
夕食の時、里子に話した。今日一日の出来事が余りにも鮮やかな印象だったので、少々興奮気味になっていた。それで、ちょっと饒舌になった。
 いつに変わらぬ立派な料理ではなかったが、モリモリと食べた。よほど空腹になっていたのであろう。
 里子はそんな我が子が愛おしくてたまらなかった。思わずギュッと抱きしめたくなったが、そうも出来ない。それが少し悔しかった。
 こんな大変な仕事は誰かに強制されたのではない。こんなに体に傷まで付けるような重労働も、剣道の練習をしたいと思う強い意志なのである。
 里子は嬉しかった。たった一人の息子を生み、そしてここまで育てて来た事に誇りを感じて胸が熱くなり、キュンと音を立てた。
 

  

つづく




ベトナムの卵麺でワンタン麺作ってみました。ちょっと盛り過ぎましたあせあせ(飛び散る汗)
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posted by はくすい at 16:03| Comment(0) | 虹のかなた

2018年04月24日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㉜

その一 異郷の空へ㉜
 
「オーイ! ひと休み、せんかのう」
午後の三時を過ぎた頃、小父さんが声を掛けた。だが、作業に熱中している耳には届かなかった。三度目の呼び声でやっと気付いて手を止めた。入口へ行くと、スイカを二切れ載せたお盆があった。
「冷たいスイカじゃ。一緒に食べようかいの」
「ハイ。ありがとうございます」
相変わらず埃まみれで、ドロドロである。
 涼しい処に二人は腰を下ろした。スイカまでご馳走してくれるとは、何と心の優しい小父さんなのだろう。
「きのうのい。校長が『お前、食べろ』ちゅうて、置いて帰ったんじゃ。そいでのい、井戸へ吊して、冷やしておいたんじゃ」
「いただきます」
感謝一杯でかぶりついたスイカは、冷たくて甘かった。体中の汗がスーッと引くような気がした。
「おまはんのう、ここを片付けて何かするんかいな? 長いこと放ったらかしにしてたから、ひどう汚れとるじゃろう。ワイもこの学校にゃ古い方じゃが、ここを使うとる処は、あんまり見たことは無いでのう」
果肉をほおばりながら、のんびりとした口調で質問した。
「ハイ。ここを整理して道場にしたいんです。それで、二学期から剣道部を創りたいんです」
胸を張って答えた。何の臆する処があろうか。
「ホウ、剣道かいのう。それはええのう。儂も昔は学校でやったもんじゃ。兵隊に行ったら、今度は銃剣術をやった。若い間は体を動かさにゃアカン。『鉄は赤い内に打て』と言うからのう」
「そうなんですってね、安田先生からお聞きました。ボクは六月に、大阪から転校して来たんです。大阪では剣道部に入っていました。その学校は、強いので有名なんです。おととしの夏には大阪の代表で、全国大会に出たんです。今年も出場出来るようになったと言うて、友達から手紙が来たんです。ボクはそんな手紙を読んだら無茶苦茶に悔しいんです。ここを道場にして、剣道部を創って、今まで練習出来へんかった分、取り戻したいんです」
本当とはちょっと違うけれど、小父さんが納得出来るように、自分の事も加えて力説したのだ。
「ほうかい。おまはんも苦労しとるんじゃのう・・・。大変やと思うけど、まぁ頑張ってやりなはれや。気ィ付けてな、そいじゃあな」
そう言って小父さんは立ち上がった。無駄な時間を取ってはいけないと、心配りをしたのであろう。
「おおきに。ありがとうございました」
瓢々とした後姿に頭を下げた。田舎の人の親切が身に染みていた。
 


  

つづく




5/3中之島祭りのベリーダンスで着る衣装です
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posted by はくすい at 15:03| Comment(0) | 虹のかなた