2019年12月26日

気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その四 』M38泉谷忠成 気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その四 』M38泉谷忠成

『 その壱四 鹿児島県 その四』



今年もあとわずか、この一年お付き合いいただき本当に有難うございました。
九州は平成に入り、高速道・新幹線と驚くほどの勢いで開発・発展して行きました。
新幹線が博多から西鹿児島迄開通しましたが開発途上、終着の西鹿児島では駅前商店街が百数十軒と土地確保・買収・立ち退き交渉にはかなりの年数を要しました。
一般に地権者が5軒以内なら比較的容易に進むと言われる中、百軒を超す立ち退き交渉は想定を上回る困難を要したようです。高速道においては、九州横断自動車道(大分〜鳥栖〜長崎)・九州中央自動車道(福岡北九州市〜宮崎・鹿児島市)と平成になって、九州を十字に結ぶと言った変わりようは驚くべき大変容と言えると思います。とにもかくにも九州は、平成に入って大発展、便利になりました。

話は変わって、鹿児島市に生まれた篤姫(今和泉家忠剛の第4子)、しかし島津斉彬の実子として時の13代将軍徳川家定と結婚、家定35才で若死にしたあと、前将軍の妻として大奥を仕切りました。
その篤姫が鹿児島から江戸まで乗った駕籠がアップの写真です。
安政3年(結婚1856.12.18)から(現在2019.12)当時の駕籠から、およそ160年経った現在の新幹線、年号も令和に変わりました。
これからの30年後50年後、更に更にどの様に変容して行くのでしょう!



篤姫の乗った駕籠
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2019年12月19日

気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その三 』M38泉谷忠成

『 その壱四 鹿児島県 その三 』桜島 


ある名士の方が、どうしても行きたいところがある、連れて行ってほしいと懇願され、鹿児島県薩摩半島の知覧特攻平和会館にいく事になりました。
車は鹿児島市内で借り一路知覧迄薩摩半島を南下、今のように道路は整備されておらず、山また山を巡って行ったのを記憶しています。
まず道中の鮫島藩知覧武家屋敷を訪れ、昔の武家の生活を学び平和会館に向かいました。

【平和会館の紹介文です】
「太平洋戦争末期の沖縄戦において人類史上類のない爆装飛行機もろとも敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺書、遺品、記録など貴重な資料を収集・保存・展示して、当時の真情を後世に正しく伝え、世界恒久の平和に寄与するものです。」
胸が詰まって涙涙で語れません。



画像写真で思いを共有してください。
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2019年12月12日

気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その二 』M38泉谷忠成

『 その壱四 鹿児島県 その二 』桜島 


かっての桜島はその名の通り、島であったが大正3年の大噴火で大隅半島と陸続きになりました。
当時の漁業者は潮の流れの変化で魚の種類、・漁法も変わり死活問題だった、と地元年配の方にお聞きしました。
桜島は思い出がたくさんあります。車で桜島一周、市内から見て丁度裏方に温泉があります。そこは洞窟のような薄暗さで入浴する人は全員白装束での入浴、とても入浴できる雰囲気ではなかった。
空港を飛び立ち桜島上空、壮大豪快な桜島を眼下に見下ろす、圧巻ですね! 
桜島の名産で世界一大きな桜島大根、又、世界一小さな桜島小みかん、小みかんは名の通り、実は小さいが甘い最高。世界一の大と小、不思議な取り合わせですね?

 桜島は今でも噴火、季節によって向き、降灰量は違います。夏は市内、冬は大隅半島。夏の市内は砂まみれ、清掃に追われています。実は私も一度だけ手伝ったことがあります。




上空から見た桜島
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posted by はくすい at 12:16| Comment(0) | 旅だより