2021年03月25日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(100)

その二 悲しみと苦しみ(100)
 
暑中稽古の初日。五保商工高校の体育館には学生たちが溢れていた。夏の日差しは強烈であり、中はまるで蒸し風呂状態であった。窓や扉は開放されているが、風が少々通る程度では全く用をなさない。
 すぐに着替えた。稽古着なら大汗をかいても平気である。今日は各校から可成りの女子が参加していた。選手として出場した真実子の影響を受けたのだろうか。だが、選手として試合に出ているのは、まだ真実子一人だけのようだった。海山高校も池上恵の他に、一年生の潮美穂や楓(かえで)秋子が参加していた。あれほどに嫌がっていた苅川もちゃんと来てるのだった。やはり剣道が好きなのであろう。
 二郎は何度も会場を見た。体育館のまわりやアリーナの中まで、くまなく見たのである。出島商業の部員たちが参加しているのに、その回りに奈々子の姿はなかった。いつもの通り、遠くから自分に対して微笑んでくれるだろう、と思っていたのに、全くの拍子抜けであった。
『いったい、どうしたんやろう。ナニかあったのだろうか・・・』快活な笑顔が脳裏に浮かんだ。すると胸がドキドキと鳴った。それはいつものことであった。だが、いったい、奈々子に何があったのだろう。
 太鼓がドンドンと鳴り、稽古が始まった。部員たちはそれぞれに望む先生方に掛っていった。二郎も何人かの先生に掛って行った。そして、出島商業の古山先生に稽古をつけて頂けた。五月の練習試合の時以来、久し振りであった。あの時は先生に対して手も足も出なかったが、今日はかなり善戦出来たように思えた。それは、古山先生が手加減したのかも知れないのだが。
 稽古が終ると、大半の生徒たちは帰って行った。
「この後(あと)、強化練習があるから、お前らは残っておれ。もうちょっと練習するんやぞ! 」
剣持先生の命令で、仕方なく残っていた。
「まだ練習をするのんか・・・。オレはもうええで。これ以上やったら死んでしまうで。ホンマに、もうええで」
またもや苅川が、顔をしかめて愚痴を言った。不田と井仲が
『フンッ! アホかっ! 』と小馬鹿にしたように鼻先で笑った。
 強化練習開始の太鼓がドンドンと鳴った。先生たちがゾロリと上(かみ)に並び出した。その中には勿論、山崎田先生の姿もあった。
『強化練習とはどんなものだろう』と思っていたのだが、普通の、先程の地稽古と変らないようだ。すると
「オーイッ! 全国大会に行く者は上(かみ)に立てっ! 早くしろ! 」
山崎田先生の号令で、バラバラッと十人ほどの選手が走り、上(かみ)に立った。
「あの連中が全国大会に出るんやてな。どんな腕前か、試してやろうや」
面の中から真実子に言った。
「そうやねえ、アタシもやってみよう。こんなこと、初めてやわ」
真実子は嬉しそうに言った。面の中で顔が笑っている。
「ホンマや。県の代表やからな。オレら二年生と、どれぐらい違うかやってみたろ。アイツらなんか、オレがいてもうたるで」
不田の言葉が力強く、実にたのもしい。

 
  

つづく
 
3/20(土)理事会を久しぶりに開催いたしました。ソーシャルディスタンスでなのできょうしで開催されました。

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posted by はくすい at 15:03| Comment(0) | 虹のかなた

2021年03月18日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(99)

その二 悲しみと苦しみ(99)
 
練習に明け暮れし、七月になると期末考査がある。一学期ぐらい過ぎるのは早いものである。今年の夏は殊の外、暑そうである。
 この月末には、高体連による暑中稽古が三日間開催されるのだ。昨年は、まだ部活が無かったので、高体連からの連絡も受け取っていなかった。それで、その存在さえも知らなかった。
「ええか、お前たち。暑中稽古に必ず参加するんやぞ。俺も参加するから、サボッてる奴はすぐ分かるんやぞ。もし、そんな奴を見つけたら、合宿の時、思いっきりシゴいてやるからなっ! 」
剣持先生は、恐い顔をして部員たちに脅しをかけた。そこまではっきりと言われると、部員たちに逃げ道はなかった。
「ハイッ! 必ず全員参加します! 安心してください」
部長として、そう言うしかなかった。
 「えらいことになったなあ・・・。こんなんやったら、夏休み中どこへも行かれへんやないか。泳ぎにも行かれへん」
苅川が愚痴をこぼした。弱音、愚痴は苅川の特技なのか。
「大丈夫やで。お盆と、その後に休みがあるで。どこへでも行けるよ」
苅川を慰めた。だが、彼が旅行するのかどうか、それは疑わしい。
「そうよ、一緒に行きましょうよ。池上さんも行くし、場所は苅川さんの方が近いやないの」
その通りである。暑中稽古の会場は、五保市の五保商工高校だ。苅川の家からは、例の臨港線に乗ればすぐなのだ。
「いろんな先生方と稽古出来るんや、こんな時にいっぱい稽古したら、腕があがるんや。そう思うやろ」
「うん。それはそうやけど、あんまり気ィが進まへんなあ・・・」
苅川は本当にそう思っているのだろうか。
 
 
  

つづく

桜が綻び始めた晴天の今日、合格発表でした。 5科1クラス 35名定員です
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posted by はくすい at 14:53| Comment(0) | 虹のかなた

2021年03月02日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(98)

その二 悲しみと苦しみ(98)
 
それから後、山崎田先生は毎週火曜日と金曜日の二日間、稽古に来るようになった。大変有り難い話なのだが、初稽古の印象が余りにも強烈であった為に、先生を恐れたのだ。それで、先生との稽古をためらいがちであった。失礼極まりないことである。
「オーイ。またあのオジン先生、来てるで・・・。オレらには剣持先生一人だけでもたまらんのに、その上、あの先生にやられたら、もうあかんで・・・。なんとかならへんのやろか」
苅川や、一年生たちが良くグチをこぼした。
「アホなこと言うたらアカン。先生かてお忙しいのに、汽車賃まで使うて、わざわざ来てくれはるんやで。それを感謝せなアカンやないか。そんなこと言うたら、バチが当たるで」
と苅川をたしなめるのであった。
「そんなん言うたかて、シンドイのはシンドイや。ホンマやないか」
苅川も案外強情だ。引き下がろうとしない。
「アホッ! ナニを言うてんのや! これ位の練習でへこたれたらアカンやないか。お前ら、強うなりたかったら、文句をぬかさんと稽古せんかい! さっさとやれ! ホラッ、サボるな! 」
不田が苅川を叱った。苅川はふくれっ面をしたが、正論には勝てなかった。
 当の山崎田先生は、遙かな高みに立ってみんなを見ていた。初稽古の時、各人の技量・体力などを知り、記憶に留めた。そして稽古方法を見事に分析したのだ。稽古をする時、生徒の持てる実力より、ちょっと上に立って相手を引き上げるのだ。そこが、この先生が非凡と言われるゆえんである。だからこそ、部員たちは先生の竹刀捌きの魔法にかかったようになり、夢中になって稽古をするのだった。
 吐く言葉もその技術の一つである。部員たちは未熟だから、構えが悪いし攻めも弱い。その上、動作がまる見えであるから、すかさず言葉に出してやるである。メンを打って来るのが分かれば
「オウ、メンに来るのか」
と言ってやるのだ。すると相手はハッと気付き、急いで戦法を変えようとする。それを何度も繰り返すことで、自分の攻め方を研究し工夫をするのだ。 剣道には、瞬間的な決断と、それを実行に移す瞬発力、俊敏な動きが要求されるのである。どんな技も、中途半端では一本には成らない。部員たちは気が付いていないのだが、この山崎田先生と稽古するようになってから、剣持先生との相乗効果により、急激に技量が上達して行ったのだ。

 
  

つづく

今日は第73回卒業式です
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posted by はくすい at 16:10| Comment(0) | 虹のかなた