2020年04月16日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(67)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(67)
 

土曜日の午後。食事を終えると、すぐさま着替えて道場の掃除を始めた。約二時間後には出島商業の剣道部員たちがやって来るのだ。
 やがて、出島商業の到着である。先頭は顧問の古山先生とキャプテンの浜上が立ち、しんがりはマネージャーの長岡奈々子であった。彼女は、ここまで神妙な面持ちで歩いて来たが、二郎の顔を見つけると、急に目を輝かせてニッコリと微笑んだ。
 部員一人一人と挨拶を交わしたが、奈々子が目前に来た時は、慌てて目を伏せた。それは、先日の海岸での出来事が、生々しく思い出されたからだ。すぐに顔がカーッと熱くなった。彼女は、悪戯っぽくペロリと舌を出した。
 
 先程から、ジッと奈々子だけを監察していた苅川は、その表情を見て、思わずゴクリと唾を飲み込み『フーッ』と溜息をついた。
 すぐに試合に掛るのだ。全員が対戦出来るように、取り組みを作った。剣持先生と古山先生は道場の端で椅子に座り、様子を見ていた。そして、お互いに色々な意見を交換したのである。
 古山先生の横で奈々子は正座していた。二人の会話が途切れ途切れに耳に入って来る。剣持先生の言葉から『山ノ上』という名前が一瞬こぼれた。それを聞き逃す筈はなかった。竹刀の打ち合う音と大きな掛け声で、かき消されそうな二人の会話を、必死に傾注した。聞き取れたのは『大阪』『母親』『倒れた』『入院』と段片的な言葉ばかりだった。それで奈々子は、二郎の母親の身の上に、何かの異変が起きたのを察知したのだ。
『二郎さんのお母さんのこと、誰かに聞いてみよう』そう思ったが、いったい誰に聞けば良いのだろうか。
 奈々子は海山高校の生徒を注意深く見渡した。敵愾心(てきがいしん)を持っているあの草山真実子だけには、口が裂けても聞く訳にはいかないのだ。
『そう言えば・・・』思い当たる人物がいた。『そうや、あの子や』彼女は直感した。以前から、また今日、この海山高校へ来た時から、自分を注目している男子生徒を思い出した。『あの子に聞いて見よう』その相手とは、苅川純夫であった。
 いざ試合を開始すると、実力の差は明らかであった。十二組の対抗戦で、一勝八敗三引き分けの結果となり、海山チームの敗戦だった。一勝というのは苅川の一本勝ちであり、二郎と不田は一本も取れず、各々二回共引き分けであった。又、真実子も敗れてしまった。
 剣持先生から教わった多彩な技は、全て消化不良となり、なんの効果もなかったのである。たったの一勝で、一本しか得点を取っていないのだから、無惨としか言いようがない。こんな惨敗にもかかわらず、剣持先生は平気な顔をしていた。自校の実力を百も知っている先生は
「こんなもんや。まだまだ、修業が足りんわい」
と思っていたのだ。鍛え方が足りないし稽古の量、つまり練習の時間が、相手と較べれば少ないのは否めない。けれど今の実力で下手に試合に勝つと、部員が増長するきらいがあるので、負けた方が良いのも事実であった。
 試合が終ったあと、合同稽古まで十分間の休憩があった。その男、苅川は尿意を覚えたので道場の外へ出た。彼の行動に注目していた奈々子はそれを見逃さず、そっと外へ出た。近くの桜の木の下で、苅川が帰るのをジッと待っていた。やがて、何も知らない苅川が鼻歌まじりで帰って来た。
「あのう・・・、すいません」
奈々子は腰をかがめながら、正面から声を掛けた。
「アッ! ボ、ボクですか?・・・」
突然の出現に、彼は飛び上がる程に驚いた。憧れている彼女が、口をきいてくれるなんて、信じられないのだった。
「ええ、苅川さん・・・でしたね。アタシ、ちょっと、あなたにお尋ねしたいんですけど・・・」
奈々子は丁寧に頭を下げ、苅川の目をジッと見た。突然であり、目を見つめられる気恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になった。
「ハッ、ハイ! ボクで良かったら、ナンでもお話しますよ! 」
直立不動の姿勢を取った。奈々子はその仕草に苦笑しながら
「あのう・・・。山ノ上さんのお母さんのこと、何か、お聞きになっていませんでしょうか? 」
丁寧に質問した。苅川は流れる汗を拭きながら
「ハ、ハイ、聞いてる、いや、聞いてます。大阪で過労で倒れたんや、と言うてました。なんか、南区の浜大阪病院という病院に入院してるそうです」
まっ正直に答えた。奈々子はそれだけ聞き出せば充分だった。これ以上のことを、知らされていないだろうと判断したのである。
「そうですか、南区の浜大阪病院ですね。分かりました。時間を取ってすみません。どうもありがとう」
丁寧に礼を言って頭を下げた。もう一度軽く会釈すると、道場に戻った。

  

つづく

揉んで、モミモミ^^
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posted by はくすい at 11:35| Comment(0) | 虹のかなた

2020年04月14日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(66)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(66)
 
明くる日、練習試合の前日である。夜の九時を少し廻った頃、机に向かって勉強をしていた。突然、静けさを破り玄関の戸を激しく叩く音がした。
「山ノ上さん。山ノ上さん! 」
と連続で呼ぶ女性の声が聞こえた。何事か、と急いで玄関へ行き、戸を開けた。そこには真実子が立っていた。表情は固く、青白い顔をして、何かただならぬ様子である。
「草山さん、どうしたん? そんなに慌てて、何かあったんか? 」
言い終らないうちに
「大変よっ! 小母さんが、倒れたんですって! 」
叫ぶように言った。
「えっ! なんやて! お母はんが倒れたって? どういうことや! 」
絶句し、大きな衝撃を受けた。母が倒れるなんて、思いもよらなかった。
「今、会社の人から連絡があったのよ。電話がまだ繋がっているから、早く来て、早く! 」
真実子は手を引っ張った。急いで彼女の家に行き受話器を取った。
「モシモシ、山ノ上ですが・・・」
ドキドキする胸を押さえて名前を告げると、すぐに返事があった。
「あっ! 二郎さんか。儂は大阪の会社の者(もん)やけど、今日の夕方、あんたのお母はんが倒れはったんや。救急車で病院へ運んだんやけど、お医者さんが過労やと言うてはった。今迄から、儂らが仕事でだいぶ無理をさせてたみたいやなあ・・・。お父さんの世話もあるしなあ・・・」
「あ、そうですか。それで、病状はどうなんでしょうか」
「うん、二、三週間も入院したら治るやろう、という先生の診断なんや。病院はお父さんとは違う病院で、南区にある浜大阪病院と言うんや」
「ありがとうございます。わざわざお知らせ頂いて、すみません」
「いやいや、礼を言うのはこっちの方やでぇ。儂らの方こそスマンと思うてるで。お父はんはともかく、アンタのお母はんまで、仕事に引っ張り出したんやさかいな。ホンマに申し訳ないわ・・・。とりあえず、お知らせしとかなあかんと思うてな・・・」
「ハイ、すみませんでした」
相手の言うことを冷静に聞いた。過労で倒れたのなら、休めば体力は回復するに違いない。この際、病院でゆっくりと養生すれば良いのだ。父親の葬儀や仕事で、心労が積み重なったのだろう。あの日、駅で見せた顔が、それを物語っていたのだ。
 電話を切ってから、真実子に礼を言った。彼女の話によると、会社の人は先ず、伯父の家へ電話を入れたのだが、出掛けていたのか繋がらなかったのだ。そこで里子から、隣家の『草山』の名前を聞き出した。そして、電話局へ問い合わせて番号を知り、ここへ掛けてくれたのだそうだ。
「二郎さん。明日(あした)、お見舞いに行きなさいよ。その方が、お母さんも安心しはるでしょ」
真実子は心配そうに言った。事実、そうした方が良いに違いない。だが、その言葉を遮(さえぎ)った。
「いいや、そういう訳にはいかへん。明日は出島商業が来るんや。それを放っとかれへんし、日曜日にはバス会社から、是非来て欲しいと言われているんや。病院の先生が、お母はんは過労と言うてはるんやったら、それほど心配することは無いと、ボクは思うんや」
「そんなん言うたって・・・。小母さん、心配やわ・・・」
真実子は胸に手を当てて、たった一人、心細い思いでベッドに寝ているだろう里子に想いを馳せた。
「おおきに、心配して貰って。それより明日の練習試合、ガンバロウや、な」
気丈に言った。重傷など命に関わる急病ならば、絶対に駆けつけなければならないが、過労なので、半ば安心したのだった。見舞いは来週の日曜日でも良いだろう、と思った。
『アタシだけでも、お見舞いに行こう』真実子は、そう決心したのであった。

  

つづく


コロナ緊急事態非常食にゼンマイ加工中!
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posted by はくすい at 15:07| Comment(0) | 虹のかなた

2020年04月09日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(65)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(65)
 
咲丘公介の葬儀は、町の中程にある寺で行われた。沢山の人々が会葬に訪ずれ、狭い寺の境内は黒一色で埋め尽くされたのであった。
 斎場への送りを済ませると、里子は言葉少なく、何かに惹かれるようにして大阪への汽車に乗った。
「お母はん、元気でな。無理をせんと、体には気ィ付けるんやで」
窓から見える母に、手を振りながら言った。
「おおきに。お母さんの体は丈夫やから、心配せんでもええのよ」
母はニッコリと笑ったつもりだろうが、その顔の表情は固く強ばったままだった。動き始めた汽車を見送りながら、
「ホンマに、大丈夫なんやろか・・・」
一抹の不安が胸中をよぎった。
 「山ノ上さん、大変ね・・・。おじいさんは亡くなったし、ご両親は大阪やし、一人で何もかもやってるんやから、気が休む暇がないでしょう? 体が疲れているのとちがう? 大丈夫なの?」
帰りのバスの中で、真実子が眉をひそめて言った。それほど二郎が心配なのだ。家が隣だとはいえ、手が出せない彼女は気掛かりなのである。
「うん、おおきに。ボクはそんなん平気や、なんともあれへん。あさっては練習試合や。出島商業には負けへんでェ。こっちには剣持先生から習った技があるもんな。草山さんも、頑張ってや」
「うん・・・。けど、山ノ上さんは気が強いわねえ。こんな時でも、練習試合のことを考えているなんて」
「気が強いのとは違うよ。問題が別やから、別々に考えてるだけや」
「そう・・・。それやったら、アタシも頑張る。出島商業に勝ってやるわ」
「そうそう、その意気やで」
バスを降りてから、真実子を家まで送った。自分は伯父宅まで食事に行くからである。家の前で立ち止まり、彼は
「草山さん。色々とありがとう」
そう言って右手を差し出した。真実子は恥かしそうに握手をした。
「さよなら」
「おやすみなさい」
家の門灯が、ほんのりと光っていた。

  

つづく


緊急事態宣言で時間が止まっていますが、季節は春です
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タラの芽の天麩羅❣
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posted by はくすい at 15:31| Comment(0) | 虹のかなた