2021年11月09日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(104)

その二 悲しみと苦しみ(104)
 
左足を引きずりながら道場に入ると、全員が駆け寄って来た。
「みんな、心配を掛けて申し訳ない。思ったより傷は軽かったんや。ホラ、何とか歩けるし、すぐに治るって先生の話や。そやから、あんまり心配せんといてな、大丈夫やで」
剣持先生にも説明した。そして、明日一日だけ休ませて貰えるようにお願いをした。
「そうか。それぐらいで済んだんか、良かったなあ。無理せんと、二日でも三日でも休んでもかめへんぞ。今あせって、怪我の治るのを遅らせたらアカン。ちゃんと治すのやぞ」
温情溢れる言葉であった。
「ハイ、分かりました。ありがとうございます」
駅までの道を真実子とゆっくりと歩いた。いや、ゆっくりとしか歩けないのだ。心配した彼女が駅まで送ってくれたのである。
 病院で痛止めを飲んだのだが、まだ効いていないのかズキズキと痛んだ。その為に額に脂汗が流れた。心配そうに顔を覗き込む真実子は、自分が何も出来ないもどかしさに、一人で気を揉んでいた。
「痛むんでしょう? アタシの肩を貸してあげようか? 」
思いあまって言ってみた。
「いいや、いらんよ。一人で歩く方が楽なんや。おおきにな」
顔をしかめながらも、声だけは明るく出して言った。
「そう・・・。けど、心配やわ・・・。気を付けてね・・・」
そして、一人で汽車に乗った。
 伯父の家へ行くと、恵美子が駆け寄って来た。怪我をして、合宿を中止して帰ってきたのだから、大変だと思ったのだ。
「お兄いやん、どないしたんやっ! 怪我したんか? 大丈夫なんかっ! 」
オロオロとして、今にも泣き出しそうである。
「大丈夫や、ボクは強いんやで。こんな怪我ぐらい、なんともないねんで」
と医者の説明を繰り返した。
 自宅へ帰り、早目に床に着いたのだが、一晩中ズキズキと痛みが治(おさ)まらず、ほとんど眠れないでいた。
 あくる日、合宿を休んだ。痛止めが効いたのか午前中には痛みが治まってきた。だが、左足は思うようには動いてくれないのだった。
 一日を家の中で過ごした。正座は出来ないが、あぐらは組めた。それで、机に向かって本を読んだり、勉強したりした。昼間には滅多にしたことがない昼寝もした。久し振りにのんびりとした一日であった。
  

  

つづく

干柿の季節となりました^^
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posted by はくすい at 13:24| Comment(0) | 虹のかなた

2021年06月10日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(102)

その二 悲しみと苦しみ(102)
 
五日後、合宿の初日である。場所は学校内で行い稽古は海山道場である。食事は学生食堂の小母さんたちにお願いをして、作って貰うことになった。風呂は銭湯へ揃って行き、お互いの背中を流し合うのだ。寝起きは柔道場を借りた。布団は業者の物を利用した。女子は教員の宿直室を使わせて貰い、先生は用務員室であった。
 午前の部は、朝六時起床。ラジオ体操の後、七時より朝食。八時より十時三十分まで練習。十二時昼食。午後の部は、一時三十分より三時三十分まで練習。五時より六時まで練習。六時三十分頃より入浴。七時夕食。十時消灯という計画である。女子部員の参加を除けば、出島商業での合宿が『参考』とは名ばかりで、日程その他、そのままであった。
 
 初日から剣持先生と山崎田先生を加えて、順調にメニューを消化した。その内容は両先生により考案された、強力で激しいものであった。
 午後三時半の練習終了時。昨年に憶えておいた、バケツの即席ジュースを作ってみた。みんなには殊の外好評だった。
 やがて、夕方の六時になった。練習の終了時間である。
『今日の練習は終りや。みんなで風呂に行こうか』と安心した。すると緊張が解け、全身から力が抜けた。その時、ふいにドヤドヤと数人の男たちが道場に入ってきた。みんな防具を持っている。
『今頃、なんだろう』と不審に思い、その男たちをみてアッと驚いた。それは吉雪先輩を先頭とする五人のOBであった。剣持先生より、校内で合宿をするとの連絡を受けたので、仕事帰りに練習に来たという訳である。これでは練習を終了するどころではない。先輩方を相手にもう一度、これから始めなくてはならないのだ。
「えらいこっちゃ! もういっぺん、練習せなあかんようになったで」
苅川が半ばあきらめ顔で、呆然と言った。
「なんやて! もう終りやと思うてたのに、まだやらなあかんのか・・・。まいったなあ・・・」
「ホンマや、しょうがないなあ・・・。先輩やから、放っとかれへんしなあ・・・。なあ、やろうや」
「これも合宿というものの宿命や。やらなしょうがないやんか」
「そうよ。折角、先輩らが来てくれはったんやから、文句を言わんと、頑張ってやりましょうよ」
口々に不平らしきものを言いながらも、再び練習を始めるのであった。
 一日に四回もの練習をこなすと、部員たちはヘトヘトになった。でも、練習をやり切ったあとはスッキリとして、気持ちが良かった。
 練習が伸びたお陰で、食事が一時間以上も遅くなった。それは仕方がないことだが、笑顔で用意をしてくれた小母さんたちに申し訳なかった。
 先輩たちは、日毎に入れ替わりとなり、毎日何人かが練習に来た。彼らは練習の後、先生たちと酒を酌み交わし、楽しんでいる様子であった。
 
  

つづく



新1年生を迎えてのクラブ活動も活発になってきました^^
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posted by はくすい at 14:17| Comment(0) | 虹のかなた

2021年04月08日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(101)

その二 悲しみと苦しみ(101)
 
真っ先に、個人戦に出場する選手に掛って行った。同感の者が多いと見えて、上に立つ選手に対戦希望者の列が並んだ。半数以上が帰ったとは言え、まだ百人以上が残っている。先生方へ掛る学生は少なく、殆どが県代表の選手に向かって行くのだ。だから、受ける方はたまったものではない。なるほど、これがこの連中に対する『強化練習』なのだ。
 県代表の選手たちは、次から次へと掛ってくる数知れない相手と対戦しなければならないのだ。向かって行く方は相手が県代表と分かっているから、全力を出すのだ。だから全員に全力を尽くさなければならない。もしも打ち負けるようならば、県代表としての実力が疑われても仕方あるまい。
 県代表の中にはすぐに息が上がり、へたばってしまう者が続出した。
『これが県体表なのか。こんな程度の力しかないのか』九人のうち、五人と対戦してみて、大して変らない技量を感じて安心した。これなれば、勝てるチャンスがあるだろう。絶対的な差などないのだ、と実感した。
 三日間の暑中稽古・強化練習の中で、県代表の選手全員と対戦してみた。中には二度三度と対戦した者も居た。
「みんな、どうやった? 県の代表や言うたかて、あんまり強うないみたいやな。試合の駆け引きが旨いよってに、勝てただけ、みたいな感じがするけど、そう思えへんか? 」
帰る道中、部員たちに尋ねた。
「オレもそう思うで。オレらは試合が少ないよってに、その駆け引きが分からへんのや。それが分かったら、結構イケルのんと違うやろか」
不田も、その辺のことを感じ取ったようだ。
「やっぱり、高校生同士なんやから、大して実力は違わへんのやなあ・・・。なんや、オレにも勇気が湧いて来たで」
苅川の顔が明るくなった。すると、恵が悪戯っぽく笑って、苅川の背中をポンポンと叩いた。
「その意気よ、やる気でやったらええんよ。苅川さん、頑張ってよ」
「イタイッ! また池上さんか! アンタはオレの天敵や! オレの半径二メートル以内に近寄らんといてくれ。そやないと、体がボロボロになってしまうやないか。オレを殺す気ィか! 」
「またぁ・・・、そんな大袈裟なこと言うて。苅川さん、アタシたちは仲間なんよ、ねえ、みんな! そうよら? 」
回りの者に向かって、大きく目を開けてぐるりと視線を送った。恵のそのしぐさのおかしさに、みんなはワーッと笑った。夏の日射しは強くギラギラと輝いていたが、若いみんなは元気であった。

  

つづく


今日は入学式でした^^128名ピカピカの1年生です。
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posted by はくすい at 17:10| Comment(0) | 虹のかなた