2020年01月14日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(49)M35宮坂正春

その二 悲しみと苦しみ(49)
 
今度は西の方に向かった。細い路地を曲がった所に、お不動さんで知られる法善寺がある。本堂の横にある、分厚く苔の付いたお不動さんの像には、線香が絶えず、お参りする人も引きを取らないのだ。
「まあ、これがお不動さんやねっ! でも、思ったより、小さいのね」
真実子の表情がパッと明かるくなった。柄杓で水をすくい、お不動さんに何杯もジャブジャブとかけた。そして両手を胸の前に合わせて、深くお参りをした。彼女に並んでお参りしたが、顔を上げても真実子はまだ深く祈っていた。いったい、なにを祈っているのだろう。
 やがて祈りを終えた真実子は、まっすぐに顔を上げた。いかにもスッキリとした表情で、瞳がキラキラと輝いている。
「草山さん。もう少し歩くんやけど、ええかなぁ」
「えっ? ええ、大丈夫よ。アタシ、足は強い方やから、平気よ」
そう言いながら右手で二郎の左手を握った。慌てて手を引っ込めようとしたが、以外にも強く握られていた。
 二人は手を繋ぎながら歩いた。この広い大阪の街で、誰が文句などを言うものか。そう思うと、気が楽になって恥ずかしくなくなった。
 戎橋通りを南下し、難波(なんば)へ出た。あたりのお店が華やかで、眺めているだけでも楽しかった。アクセサリーを手にして体に飾ってみたり、バッグをあれこれと選んでみたりと、珍しい物を楽しんだ。時々話し掛ける二郎に真実子は喜び、キヤッキヤッとはしゃいだ。
 高島屋百貨店の前から堺筋へ行く。この辺りは通称『日本橋(にっぽんばし)』と呼ばれている電気製品大商店街なのだ。
 日本橋(にっぽんばし)一丁目から恵比須(えびす)町までの道路の左右に、大小の電気製品の店舗が並び、どの店にも今流行のテレビジョンが展示されている。電気洗濯機、ステレオ式電気蓄音機、携帯ラジオ、電気冷蔵庫などは高嶺の花であった。それら、およそ電気に関するも全てがこの町で揃うのである。その町をまた、数え切れない人々が新製品を求めてゾロゾロと歩き廻っているのだ。
「すごい人の数やねえ・・・。さっきの心斎橋筋もすごかったけど、ここもすごいわね。大阪の人口って、どれぐらいなのかしら」
人出の多さに圧倒されたのだ。だが、最新の電気製品をみて歩くのはとても楽しい、心躍るものであった。
「あんなにお客さんが多いんやったら、売上げは相当なんでしょうねえ」
「いや、そんなことはないと思うで。ほとんどの人は見てるだけで、買わへんと思うわ。あちこちの店で、値段を較べてるだけの人が多いのやで」
「ふうん、そうなんやろか。テレビジョンも高いもんねえ」
その通り、テレビジョンは高価なのだ。二郎の自慢のリコーフレックスが一萬円だとすると、十四吋のテレビジョンは十五萬円もしたのである。
「ねえ二郎さん。次はどこへ連れってくれるの? 」
歩きなから、首を傾げて尋ねた。その顔がまた可愛いのだ。
「うん、通天閣や。新世界にあるねん」
「通天閣? それはどんな所? 」
「高ーい塔や。一番上が展望台になってるんや、地上百メートルやで」
「ホント? 百メートルもあるの! 高いんやねえ。それは近くなの? 」
「そうや、もうすぐやで」
少し南へ下り、電気店がまばらになると、恵比須(えびす)町である。そこの交差点から商店街を通して、真っ正面に通天閣が見えた。両足を踏みしめて、デンと立っているような姿である。
「ウワッ! 大きいわねえ・・・」
真実子は、思わず感嘆の声を挙げた。
 料金を払って入口を通り、エレベーターの前へ行った。下りの客が降りたあと、乗り込むと前向きになった。真実子も続いたが、多勢の客が一度に乗り込んだので、ドンと突かれた。それでよろけた弾みで
「キヤッ! 」
小さな叫び声を挙げて二郎にしがみついた。アッと言う間にエレベーターの室内は、ギュウギュウ詰めになってしまった。
「これはアカン! えらいこっちゃ・・・」
彼女との間隔を取ろうとしたが、人混みに身動きが出来ないのだ。二人は向かい合って蜜着してしまった。つまり、正面から抱き合う格好になったのだ。真実子の顔が二郎の頬の横にある。気恥ずかしさの為にカーッと顔が熱くなり汗が額に噴き出した。だが、手が使えないので拭く訳にはいかない。真実子は目を閉じて、彼に身を委ねていた。
 やがてエレベーターは扉が閉まり、スルスルと音もなく上昇した。
「本日は混み合いまして恐れ入ります。しばらくの間ご辛抱ねがいます」
とエレベーター嬢は坦々と言ったが、客は誰も知らぬ顔であった。

  

つづく

今年も咲きました
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2020年01月09日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(48)M35宮坂正春

その二 悲しみと苦しみ(48)
 
「草山さん、お昼になにを食べようか。好きなモン、言うてよ」
柳並木の道を、川に沿って歩きながら言った。
「そうねえ・・・。アタシはなんでもえのやけど、せっかく大阪へ来たんやし、なにか、これが大阪の名物や、と言うものが良いナ」
小首をかしげて、甘えるように言った。
「そうや! それやったら『まむし』がええわ。そないしょう」
「えっ! まむし? まむしってなんなの? 」
驚いた顔を見て悪戯っぽくニヤリと笑った。やはり彼女は知らないのだ。
『あんなモノが食べられるのか』と、猛毒の蛇、蝮を想像していたのだ。
「地下鉄でミナミへ行こうよ。ええ店があるんや。すぐ近くやから早いで」
市役所の近くまで戻ると、淀屋橋がある。それを渡ると、橋のたもとに地下鉄の淀屋橋駅があるのだ。
 階段を下ると切符売り場があり、その先に駅のホームがあった。やがて来た列車に乗った。真実子は地下鉄に乗るのは初めてであった。山をくぐるトンネルではなく、モグラの様に地中を電車が走るとは、信じられないのだ。
 轟音と共に走り出したが、スピードが早いのだろうか、ものの五分も経たないうちに心斎橋駅に着いた。
「もう着いたの? 早いのねえ」
「そうやで。汽車よりずっと速いで。邪魔するモンが無いから早いんや」
地上へ出ると、そこには人が溢れていた。有名な心斎橋筋なのである。駅からの出入り口はちょうど、大丸百貨店とそごう百貨店の中間であった。
 横に人だかりがあったので覗いて見た。朱色に塗られた籠があり、その中に朱塗りの小さな祠があった。『何をするのかな? 』と思って見ていると、男が拍子木をチョンチョンと打った。すると、白い小鳥(ヤマガラ)が出てきて、ピョンピョンと飛び跳ねて祠の前へ行った。そして嘴でつついて鈴を鳴らし、祠の扉を開けて中にある、おみくじを咥(くわ)えて出てきた。所定の位置でそのおみくじをポトリと落とすと、鳥使いが手で受けて客に渡した。周りの観衆は拍手喝采であった。ヤマガラのおみくじショーなのである。
「イヤーッ! 可愛いわねえ・・・。それに上手やし」
すっかりと感心して見入っていた。
 人の流れに従って南へ歩いた。両側には沢山の店が並んでおり、綺羅(きら)びやかに喧を競っていた。老若男女を問わず、全ての人種が連なっている。
「すごいんやねえ・・・。いつもこんなの? 」
「そうやで。ここはいつもこんなんや。夕方になったら、もっと増えるよ」
「ふうん。こんな人出、初めてやわ」
次々と移り変わる店々を眺めながら歩いた。真実子は、こんな人混みの中は手を繋いで欲しいのだが、彼が足早に歩くので、そうは出来なかった。
「ここが有名な、宗右衛門町や」
ここの狭い道筋にも人が溢れていた。橋を渡ると、そこは道頓堀であった。映画館、演芸場、洋品店、レストラン、喫茶店などがひしめきあっている。
「ここや、ここ。草山さん、この店に入るんやで。ほら、行くよ」
そこは五階建てのビルディングであった。
 入口には等身大のピエロの人形が立っている。チンドン屋のような太鼓が腰に付いていた。電気仕掛けだろう、顔を左右に動かし、太鼓を叩いている。
「このビルは、ぜーんぶが、食堂とレストランなんやで。食べるモノやったら、なんでもあるんやで、すごいやろ」
「えっ! 本当に、なんでもあるの? すごいわねえ・・・」
真実子は驚いた。さすがは『食い道楽』と言われる、大阪だけの事はある。 彼が誘ったのは二階の和食部であった。丁度お昼時なのでギッシリと客が入っている。そんな風景も、彼女には驚きであった。店の中に入り、うまく二人分の席を見つけて座った。そして給仕のお姉さんに
「まむしの上(じょう)二ツ、お願いします」
と注文した。いったい、まむしとは、どんな料理なのだろうか。なにも知らない真実子は、興味深々であった。
 間もなく料理が運ばれて来た。お盆の上には、塗りの重箱、小鉢料理、汁碗、漬け物、そしてお茶が乗っている。
「ハイ、どうぞ。ごゆっくりしてくだはいね」
給仕のお姉さんが二人の前に置いた。
「さあ、これが『まむし』やで。食べような、おいしいで」
重箱の蓋を取ると、芳ばしい香りが鼻をくすぐった。彼女はこの匂いからこれは鰻重だと思った。だが、上から見ると、ご飯しか見えていない。これはウナ重ではないのだ。いったい、どうなっているのだろう。
「いただきます」
箸でご飯をつつくと、中から鰻の蒲焼きが出てきた。口の中に含むと、芳醇でまろやかな味が口啌一杯に広がった。なんという、おいしさなのだろう。
「鰻の上に、ご飯をまぶしてあるやろ。『まぶす』と言うのがなまって『まむし』になったんやて。これは大阪の名物やで」
「美味しいわねえ。やっぱり食べ物は、大阪が一番やと思うわねえ・・・」
「そうやろ、そう思うやろ。誰の思いも一緒や」
汁椀は鰻の肝を使った肝吸いで、小鉢物は肝焼きである。
 二人は静かに食べた。いや、おいしさのあまり、喋べる暇がなかったのかも知れない。食べ終ると、お茶を飲んだ。もう、お腹が一杯だ。
「おいしかったなあ。食後のコーヒーを飲もうよ。下の喫茶店へ行こう」
真実子を促し、席を立って一階へ下りた。
「大阪って良いわねえ・・・。何か、こう、町全体が動いているって感じがするワ。とっても活気があるもの。アタシ、こんな雰囲気って大好きよ」
コーヒーを飲みながら、彼女は顔を輝かせて言った。
「その通りや。ボクも住んでたから、それがよう分かるんや。そやから、大学は絶対に大阪にするつもりや」
「そうなの、やっぱりねえ・・・。アタシも大阪へ出てきたいナ。そしたら二郎さんに会えるかも知れないわね」
一瞬、ドキッとした。以前、あの奈々子が、同様の言葉を言ったのだ。
「草山さんは将来、どうすんの? 」
動揺したのを悟られないように、質問した。
「アタシは薬剤師になりたいのよ。今日のような大きな病院へ入って、毎日お薬を作るの。そしたら、沢山の人たちのお役に立てるでしょ」
又もやドキッとした。奈々子は看護婦になりたいと言った。あり得ないだろうが、万が一、この二人が同じ病院になったらどうなるのだろう。
「二郎さんはどうするの? 」
「えっ! なにが? 」
ごく僅かな時間、他に気を取られていて、フイを突かれてハッとなった。そのとたん、手が震えたのか、コーヒーがこぼれてズボンの上に落ちた。
「アッ! アカン! 」
慌ててカップを置き、ハンカチでズボンの上を拭った。真実子はそれを見ても笑おうともせずに
「将来のことよ! 今、アタシに聞いたでしょ! 」
と、語気を強めて言った。
「アッ、そうか。ボクは製薬会社へ行こうかな。そしたら、草山さんと道が繋がるから、ええと思うなあ・・・」
これはウソである。彼女の話に乗せた作り話であった。
「お父さんの仕事は手伝わないの? 」
「うん? そんなん、まだ分からへん・・・。さあ、ボチボチ行こうか」
返事が気に入らないのか、少し固くなった顔を見て、話の内容がおかしくなったように感じた。だから、場所を変えようと思ったのだ。話の出来る時間は、まだまだいくらでもあるのだ。

  

つづく


ビールと黒豆の煮汁で角煮!ルーロー飯
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posted by はくすい at 14:00| Comment(0) | 虹のかなた

2020年01月07日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(47)M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(47)

その二 悲しみと苦しみ(47)
 
市役所を離れ、公園を東に行くと立派なルネッサンス様式の建物、中之島図書館がある。今日は祭日なので休館である。それで、中央階段の所で写真を撮った。図書館の隣は、赤いレンガ作りの中央公会堂である。これも又、見事な建築物だ。その建物の横や正面でも写真を撮った。
「兄ちゃん、二人で撮ったろか。ワイがシャッター押したるで」
写真が趣味だと言う中年の男が申し出たので、二人並んで撮って貰った。真実子と写真を撮るなんて、初めてであった。
 柳並木の所に、自転車に箱を積み、旗を立てている小父さんが居た。大阪名物の『アイスクリン』を売っているのだ。それを二ツ買った。円錐形のコーンの上に、球形のシャーベットをポンと乗せた。汗ばむほどの陽気に、ほんのりとした甘さが喉を潤し、冷たさが気持ち良かった。
 水辺に浮かんでいる様な中之島公園では、色とりどりな花が咲いている。真実子の表情は晴々れとしていた。こんな彼女をモデルにしていると、いくらでも写真を撮りたくなってきた。一本で十二枚しか撮れないブロニーフィルムでは、到底足りないのだ。
 公園中央の橋を渡った所に土産物屋があった。そこでフィルムを売っていたので、一本買った。隣の店は貸しボート屋となっていて、空ボートがずらりと並んでいる。
「ボートに乗ろうか。ボクは漕げるよ」
「ホント? うれしいわ・・・」
木の桟橋を渡って行った。真実子は恐る恐る付いてきた。
「おっちゃん、ボート貸してえな」
「おう、おおきにな。今日は天気がええさかいに、ようけえ出てるんや。兄ちゃん、ぶつからんようにしいや」
愛想よく笑いながら、ボートを用意してくれた。二人が乗り込むと、小父さんは長い竿の先でボートを勢い良く川の方へ押し出した。
 川の流れは思ったよりもゆったりとしていて、オールで漕がなくても流されないように思えた。オールを力強く漕いだ。するとボートはスーッと前進するのだ。気持ちの良い風が川面を流れている。公園の周りには木々の新緑に陽光が映えて、見るからに爽やかで美しい。
 真実子はとても気分が良かった。父親の見舞いを強要し、二郎を無理矢理(?)に連れ出したのだ。見舞いを形式的に手早く済ませ、その後、この大都会でのデートに誘い込んだのである。彼女の作戦の見事な成功であった。
 ボートの横へ手を出して、水にくぐらせても冷たくは感じなかった。わずかな浪にゆれながら、頬をなでる風の優しさにうっとりとなった。何よりも目の前には大好きな二郎が居る。今、映画のロマンスな場面を二人で演じているような、そんな、夢のような雰囲気に浸り切って、幸福感で一杯だった。このままの時間がずーっと続いてほしい・・・、とフッとなりかけた時、ふいに『ガタン! 』と音がしてボートが大きく揺れた。ハッとして我に帰ると、二人のボートの舳先が、よそのボートに当てられたのだった。
「あっ! 危ないっ! 」
二人はとっさにボートの端を両手で掴んだ。相手のボートにも若い男女が乗っていた。その二人は恐怖で顔がひきつっている。見ると、オールの片方が水の上に流れていた。
「オイオイ。気ィつけてえな、危ないやんか。ちゃんと漕いでや」
やんわりと文句を言った。片方のオールで相手のボートを突いて、お互いの間隔を開けた。だが、まだ相手の男女の顔は硬直したままだった。
「ああ、びっくりした・・・。アタシ、ひっくり返るかと思ったわ」
真実子は本当に恐かったのだ。胸の前に両手を握りしめて言った。
「ほんまや。交通のルールを守らなあかんのに、しょうのない人たちや」
そう言いながら、自分でもおかしいのに気付いた。川の上に、交通のルールがあるのだろうか。あっても不思議はないと思うのだが。
「もう上がろうか、お昼前やしな」
「そうねえ・・・。面白かったわ」
ボート溜りに近付くと、小父さんが鈎付きの竿で引っ張ってくれた。
「やあ、お帰り。さっきは危なかったなあ。もうちょっとで相手がひっくり返るとこやったで。あんな下手な人らが居るから、儂らが困るんや」
愛想笑いを浮かべながら言った。
「おおきに。ほな、さいなら」
岸へ上がり、元来た公園の方へブラブラと歩いた。

  

つづく

鹿肉を頂いたのでビーフジャーキーならぬバンビジャーキー燻製中(上段はチーズ)
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posted by はくすい at 13:59| Comment(0) | 虹のかなた