2018年05月24日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㊴

その一 異郷の空へ㊴
 

八月に入ってすぐの土曜日。一回目の登校日である。担任の教師からの伝言・通達があり、その後ホームルームを開いた。全ての行事が午前中に終了し、午後からは待ちかねていた部活が始まるのであった。
 まだ部活がないので海山道場へ行った。先日の成果を確かめる為である。広々とした道場を見て、良くやったものだと、自分乍ら感心した。まだ指先のマメは完治していないが、痛みはとっくの昔に消えていた。その後、教員室に安田先生を訪ねた。
「先生! 喜んでください。あの雨天体操場が、道場として使えるようになりました。ボクが掃除をしたんです。道場が出来たんです! 」
胸を張って報告した。その声の大きさに、回りの教師達が目を円くした。
 誰の手も借りず、たった一人で目的を完遂できた喜びは、言葉では言い表わせないのだ。けれども、大変な自信が出来たのである。
「そうか、やったのか! それは素晴らしいやないか。あとでオレも見せて貰うよ。ところで話は変わるけど、お前、出稽古に行く気はないか? 」
「えっ! 出稽古ですか・・・? ハ、ハイッ! あります、勿論です!
それで、ど、どこへ行けばええんですか? 」
先生の突然の申し出に、驚いて言葉が詰まった。
「もっと早う言おうと思うてたんやが、今になった。この前、高体連の集会があってな、その時に古い友達に逢うたんや。そいつは今、『出島商業で剣道部の顧問をやってる』と言うたから、お前の事を話してみたんや。そしたら、『そやったら、オレの処へ練習によこしたらええ。面倒は見てやる』と言うてくれたんや。出島商業ちゅうのは、強いので評判の学校なんや。なあ山ノ上、練習に行ってこい。その方がええやろ。そう、来週の月曜日、つまり明後日(あさって)やな。その日から一週間、学校で合宿をやると言うてたから、それに参加しろ。月曜日の朝九時に出島商業の道場へ行って、古山先生を訪ねたらええねんぞ。分かったな」
「ハッ、ハイッ! 行きます! 合宿に行かせて貰います! 」
先生の言葉に心が躍った。よその学校の合宿に参加出来るなんて、まるで夢みたいな話や・・・。


  

つづく


母方の祖父の23回忌で大谷さんに参りました
33232514_764425110423538_1347724792903499776_n.jpg

posted by はくすい at 16:25| Comment(0) | 虹のかなた

2018年05月22日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㊳

その一 異郷の空へ㊳
 

 「ただいまっ! 」
弾んだ声で叫んだ。そして背中の背嚢を降ろし、玄関の上がり框に置いた。よほど重いのか、シャツの両肩に皺が出来ていた。
「お母はん、終ったで。もう、いつでも練習出来るんや! 」
晴れやかな笑顔で、迸(ほとばし)る声を聞いた里子は、言い知れぬ充実感を我が子に感じた。この九日間。子供がどんな苦労をしているのか、一度は見たかったのだが、『見学はいらない』と断われると思った。
 体調はどうなのだろう、暑さで内臓が弱っているのではないかと、気が気でならなかった。夕方には綿のように疲れて帰って来る。風呂に入り食事を済ませると、泥の様に眠ってしまう。持たせた複数のシャツや短パン等は、埃と汗で酷く汚れていた。そんなに過酷な作業をしているのかと、心配ばかりの毎日だった。只、朝夕の食事と弁当を精一杯作る事だけが、母としての勤めだと思った。そして今、喜びに溢れる我が子を見た。以前よりも一段と逞しくなり、気力に満ちた顔が目の前にあった。それは、母親としての大きな喜びである。十一月生まれでまだ十五才の、幼い少年なのだ。
「そう、二郎ちゃん。良くやったのねえ、ご苦労さん・・・。今夜はゆっくりとお休みなさいねえ」
「おおきに。ボク、自分でも不思議なくらい、よう出来たと思うんや」
「そうやねえ。あれだけ頑張ったものねえ・・・」
どんな道場かは知らないけれど、根を詰めて通い、辛く苦しい思いをして開拓したであろうその姿が、まるで見えるようであった。感極まった里子の目から、思わずポロポロと涙がこぼれた。
 ドップリと湯に浸った。九日間を振り返り、自分の行動を静かに思い出してみた。やっと、やっとの事でやり遂げたという快い充実感が、血液のように体の隅々まで流れるのを感じた。だが、身体中が痛くてたまらない。
 長いはずの夏の日はとっぷりと暮れ、窓から見える空には、たくさんの星がチカチカと光っていた。

  

つづく



IMG_4428[1].JPG




posted by はくすい at 15:35| Comment(0) | 虹のかなた

2018年05月15日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㊲

その一 異郷の空へ㊲
 

ホーッ! 」
と大きく息を吐き、両手で額の手拭いを外した。そして静かに道場の中心部に正座をした。顔を上げて、ゆっくりと四方を眺めた。あの窓、この床、あの部屋、あの電灯・・・。とうとう、思い通りの作業をやり遂げたのだ。
 苦しかった。シンドかった。暑かった。そして、思いっ切り辛かった。けれども、楽しかった日々でもあったのだ。
 丸々九日間の時間を要して、やっと納得できる道場を作り上げたようだ。両腕にはスリ傷が多数あり、ひっ掻き傷も数多くあった。両手の指には多数のマメが出来ていて、その全てが割れていた。腰は勿論、全身の筋肉と関節がズキズキ、ギリギリと痛んだ。もうすでに、陽は西に傾いていた。
「ほう・・・。もう出来たんかいの。儂にも見せてくれえの」
そう言いながら小父さんが、瓢々と道場に入って来た。入り口の処に履き物を脱ぎ、ちゃんと裸足になっている。
「おおっ、こりゃあ良い道場じゃなぁ・・・。儂も若けりゃあ、もう一度、やってみたいがのう・・・」
辺りを見回した小父さんは、竹刀の素振りをする動作をした。それを見てアッと驚いた。その動きは実に素直で理に叶っている。昔取った杵柄なのか、積み重ねたものを体が憶えているのだろうか。
「おいやん。ありがとうございました。最初の日のスイカは、とてもおいしかったです。お陰様で、練習出来るようになりました! 」
感謝を込めて、深く頭をさげた。
「いやいや。これは、おまはんの努力やで。頑張ったんは、他(ほか)の誰でもないんや。おまはんやで。儂はな、この目でちゃーんと見てたんやで」
「あっ、そうやったんですか・・・」
帰る時は、いつもキチンと片付けていた。それを見て『ヨシヨシ』と、まるで自分の事のように喜んでいたのだ。瓢々とした風貌からは想像が付かない程の、鋭い神経の持主なのだ。それだけに校長の信頼が厚く、永年に亘って学校を守っているのだ。
「剣道部を創ると言うても、面倒な事があるやも知れん。けど、頑張りなはれや。儂も応援してるでのう・・・」
「ハイッ! ありがとうございます。ボクは頑張ります! 」
胸を張って答えた。
 道場を出る時、その中心に向かって
「ありがとうございました! 」
大きな声で挨拶し、礼をした。そして、ゆっくりと扉を閉めた。


  

つづく



敦賀の海の幸食べてきました❣
IMG_4551[1].JPG

posted by はくすい at 16:44| Comment(0) | 虹のかなた