2018年08月16日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(60)

その一 異郷の空へ(60)
 

  あくる日の放課後、海山道場へ新部員が集まった。一年生では自分を初め池上恵・不田月男・井仲人也の四人。二年生は浦山実・石坂勇二の二人、合計六人。そして安田先生を顧問としての七人である。今、この時が、記念すべき道場開きとなったのである。
「みんな、聞いてくれ。みんなも知っている通り、山ノ上君の努力でこの道場が出来た。ここまでにするには、大変な苦労やったと思う。俺が顧問となるから、みんなで仲良く練習して欲しい。出来たら将来、試合で一勝ぐらいはして欲しいな。一番の経験者は山ノ上やから、彼から学んで欲しい。明日から宜しく頼むよ」
安田先生は全員を見回しながら、ゆっくりと話した。校庭から渡ってくる緑の風が額の汗に心地良く、清々しい気持ちになった。
 明日とは言わず、この日から練習が始まった。と言っても殆どが未経験だから、稽古着はおろか、竹刀も持っていないのだ。遠い昔の先輩の、古い竹刀を不田たちに持たせた。正座、座礼の仕方、竹刀の握り方、振り方。立ってからの摺り足、送り足、かけ声と、基本の原点からの出発であった。
 九月の中旬とは言え、南国の和歌山は未だ盛夏そのものだ。夕方になって練習が終る頃には、全員が汗と疲れとでクタクタになっていた。あの二人は一言も不満を言わず頑張っていた。汗を流す快感を感じ取ったのだろうか。
 数日後、気が付いた事があった。それは、不田と井仲は今迄『山ノ上』と呼び捨てにしていたが、今では『山ノ上君』と君付けで呼ぶようになっていた。少しは尊敬するようになったのだろうか。

 部屋に入ると、机の上に一通の封書が置いてあった。それは女性からのものだと分かる、淡いピンク色で細身の封筒である。女性から手紙を貰うなんて身に憶えがない。手に持って差出し人を見た。そこには『長岡奈々子』と書かれてあった。ハテ、誰なんだろう・・・。
 住所を見てやっと、出島商業剣道部のマネージャー、あの白い女の子だと分かった。だがいったい、どうして住所や名前を調べたのだろう。大きな疑問を持った。それにしても、整った美しい文字である。
『拝啓、九月も中旬となりましたが、少しも秋らしい感じがしませんね。山ノ上さん、お元気ですか。私のこと、憶えていらっしゃいますか? そう、私は出島商業高校剣道部のマネージャー、長岡奈々子です。
 私は山ノ上さんのこと、合宿に来られる前から存じていたんですよ。それは顧問の古山先生に、海山高校の安田先生からお電話を頂いた時、私が最初に電話口に出たんですもの。ですから、お名前も、何時、学校へ来て頂けるのかも知っていたし、その後、貴男のお母様から合宿の費用を送って頂いたので、住所もちゃんと分かったんですよ。
 でも、そんなことより、貴男お願いがあるのです。私は今、とても見たい映画があるんです。和歌山の有楽座に掛かってる『青春のオーケストラ』というフランスの映画です。とても素晴らしいって、みんなの評判なんです。切符を入れておきますので、ぜひ私を連れってくださいね。九月第四日曜のお昼すぎ、二時に東和歌山駅の改札口で待っています。ぜひお願いします。私を一人ぼっちにしないでね・・・。
 では当日、とても楽しみに待っています。さようなら』


  

つづく


母校の前の公園で島さるすべりが満開でした
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posted by はくすい at 11:33| Comment(0) | 虹のかなた

2018年08月14日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(59)

その一 異郷の空へ(59)
 
 
「えらいこっちゃなあ。オイ不田、これからどないするんや、剣道、やるんか? 」
下校の途中、井仲は不田に声を掛けた。
「ちくしょう・・・。旨いこと載せられてしもうたわ。アイツ、思ったよりも頭がええねんなあ」
体の節々が痛むのか、あちこちと手でさすっている。
「ホンマや。ワイの出る幕はなかったし、気ィが付いたら、完全にアイツのペースに嵌(は)められてしもうたんや」
「その通りや。しょうがないから明日(あした)からアイツのクラブに入ったような格好をするんや。ほんならアイツも安心して、ワイらに気ィを許すやろ。その内チャンスを見つけてやな、ひっくり返したったらええねんや」
「そうか! なるほど、そういう手ェがあったんか」
悪童はどこまで行っても、悪童でしかないのだろうか。
「そやけど、アイツ、あの道場を一人で創ったとか言うとったな」
「うん、そうや。あそこは昔の雨天体操場とか言うとったけど、ほんまはきたなーい倉庫やったんやで」
「ふうん、そうなんか。けど、さっき見たら,きれいやったで。アイツ、ほんまに一人でやったんかいな。もし、それがほんまやったら、アイツは大した奴やで。お前、そうは思えへんか? 」
「ほんまや、その通りや。普通の人間やったら、あそこまで出来る訳があれへん。そんな気ィも起こらへんし、もしやったとしてもやな、イヤになって途中で放り投げてしまうで」
「もし、ワイらやったら、どうする? 」
「アホッ! そんなもん、初めっから手ェなんか付けるかい! そんな気ィも無いわ。けど、ほんまにそれをやったんなら、アイツは大した男やで、そう思うわ・・・。なあ井仲、ほんまはアイツ、ワイらが考えてるより、ずっとええ奴かも知れへんな」
「そうやな、ワイもそう思う。あそこで汗を流してもええんかも知れん。ワイ、なんか、その気になって来たで」
「ホンマか。そんなら、オレもやってみようかなぁ。実はなァ、さっきみたいに、いっぱい汗をかいたら、なんかこう、気分がスッキリとしたんや」
話の方向が、最初とは随分変わって来た。駅に近付くに従って、最初の、あの悔しさはどこへやら、二人の顔は不思議にも晴れ晴れとなり、足取りも軽くなってきたのであった。
 その頃、池上恵と箒掃除をしていた。そこへ、二年生の男子二人が来た。二人とも入部希望である。中学時代に剣道をやっていて、現在、一級を持っていると言った。大学への受験前に、せめて初段だけでも取りたいので、ぜひ参加したいとの申し出であった。先程の、不田とのやり取りを道場の入口で見ていたそうだ。ありがたく二人の上級生、浦山実と石坂勇二を部員として迎え入れたのであった。


  

つづく


四天王寺さんは海外の方にも人気です
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posted by はくすい at 12:10| Comment(0) | 虹のかなた

2018年08月09日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(58)

その一 異郷の空へ(58)
 

不田は竹刀を両手に持ち、まるで野球のバッターの様に横に構え(?)た。 不田は遮二無二打って出た。剣道を知らないのだから、動き方が無茶苦茶である。大きくブンブンと振り回したり、片手で時代劇の役者のようにと、仲々忙しい。とにかく、やっつけてやろう、と必死になって、竹刀を力任せに振り回しているのだ。
 そんな竹刀の先ほども、到底当たる筈がない。不田の竹刀をヒョイと交わしたり、竹刀の先で受け払っている。そしてその度に『そら、メンだ』『ホラ、コテや』『ドーや』と打っている。不田を懲らしめるのが真の目的では無いので、軽くあしらっているだけなのだ。
 軽快な動きに翻弄され、不田は興奮し激高するが、思い通りに動けない。額の汗が目に入って、恐ろしく痛い。今までに無い痛さだ。思わず足を止め瞼を閉じると、又もや連打されるのだ。今日初めて面を付けたものだから、これも又、息苦しい。
ものの二分間の時間も持ち堪えないで、不田はその場にヘナヘナとへたばってしまった。慌てて井仲がそばへ掛けより、紐を解き面を取った。
 不田は床の上に座り込み、ゼーゼーと荒い息をしている。顔が歪んで、とても苦しげな表情である。背中から出た汗が、体操服をぐっしょりと濡らしている。額の汗も大粒である。
「どうや、剣道って面白いやろ。ボクと一緒に練習せえへんか? 」
息のひとつも乱さずに、平然とした姿勢で言った。
「アホぬかせっ! こんなにシンドイのに、どこがおもろいねん! もう、ええわ! 」
右手を大きく振って、拒否をした。
「そうか。そんなら井仲君、今度はアンタが代りにやるんか? 」
「えっ・・・! いや、ワイはええ、ええのんや。遠慮しとくわ」
井仲は慌てて両手を振った。
「けど、子供の時、チャンバラが強かったって言うてたやないか」
「いや、あれはウソや、ウソやったんや。そんなこと、ないんよら! 」
狼狽(うろたえ)えて言った。負け犬はシッポを巻いて、逃げの一手でしかなかった。
 事の成り行きを、固唾を呑んで見ていた池上恵は、大きく溜飲を下げた。こんなに面白いゲームを見るのは初めてだった。今迄の気持ちがパーッと晴れた。思わず拍手で勝利を祝おうとしたが、深刻な二人の表情を見て、やめにした。
「なあ、不田君と井仲君。ここで、ボクらと一緒に練習をやろうや。今からでも遅くはないし、池上さんもやると言うてくれてる。そやから、お互いに頑張って汗を流そうや」
「そ、そない言うてもやな、ワイらはナンも知らんし、でけへん。どないしたらええのか、それもさっぱり分からへん」
「そやから、ボクが教えてあげるよ。最初は素振りから始めるんや。あんまり面白くないけど、なんでも基本が大事なんや。まあ、頼むわ、な」
「う・・・、うん」
二人はシブシブ入部に同意した。すぐさま入部届けの用紙を出し、二人に署名させた。半ば強制的であったが、気持ちが変わらぬ内にしておかねばならなかったのである。
 不田と井仲は同じ中学だった。同級生では無かったが、悪さ同志でつるんでいたのだ。高校で同級となったので大いに喜んだ。
 二人はクラスを仕切るつもりだったが、級長の板頭がしっかりしていたので、そうはならなかった。
 自分たちの体面を保とうと考えていた矢先、二郎が転校して来たのだ。この男を傘下に引き込めば、少しは有利になるだろう、と都合よく考えた。
 だが、彼らの甘い目論見(もくろみ)は、ものの見事に、木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。それも、たったの一撃で。
 それが二郎に対する憎しみの始まりである。全く理不尽な話だが、被害意識を感じていた。その後、その悔しさをどうにかしたい一念で、チャンスを伺っていた。今度は反対に、相手の方から挑戦して来たのだ。そして、見事なまでに、戦術に載せられてしまった。揚句の果てに、またもや足下に組み敷かれてしまったのだ、
 
 
  

つづく



夜になると近所の野良猫が涼みに・・・
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posted by はくすい at 14:34| Comment(0) | 虹のかなた