2018年12月06日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(84)

その一 異郷の空へ(84)
 

奈々子はプログラムを見て、海山高校の参加を知ったのだ。その時、飛び上がって喜んだ。和歌山で会った時は、これから剣道部を創ると言う段階であった。それなのにもう、試合に出て来るなんて、すごい実行力がある人物なのだと、感心をしたのだ。
 
すぐに二郎を捜した。観客席の上から会場を見渡し、海山チームが見当たらないと分かると、今度は入口の方を注視した。そして、二郎たちが入って来るのを、しっかりと確認したのだった。
 試合は出島商業の方が先であった。彼らは一回戦に勝利し、階上の席へ引き上げた。そして海山高校の試合を見ていたのだった。
 
奈々子は二郎がチームを離れたのを知ると、その後を追って階段を下り、通路で偶然に会ったように演出をしたのである。
 観客席の一角に、出島商業高校の選手たちと古山先生が居た。防具を着けているのは、次の試合が近いのだろうか。
「こんにちは、山ノ上です。先生、合宿の時にはお世話になりました。ありがとうございました」
ペコリと頭をさげて、古山先生に挨拶した。
「おお、山ノ上か。さっきの試合は残念やったな。ここから君たちの試合を見せて貰ったで。あの次鋒の女の子、仲々エエやないか。君やあの子は負けたけど、稽古次第ではもっと良くなると思うぞ。頑張れよ」
古山先生はやんわりと、ねぎらいと激励の言葉をかけた。
「ハイ。ありがとうございます。頑張ります」
恐縮しながら答えた。その横では、合宿で仲良くなった山渕、坂寺、角山の三人も、ニコニコとして見ていた。
「なあ、山ノ上。試験が終ったら、儂ンとこと練習試合をやれへんか? ウチへ来てくれたらええんや」
試験とは、期末考査である。今、井の中の蛙と同様で、七人だけで練習しているのだから、進歩がないのだ。他校の先生や部員たちと練習出来るのは、願ってもない話だ。
「ハイ。安田先生に相談して、必ず返事をさせて貰います」
そう言いながら、他の部員にも軽く会釈した。
 ふと、奈々子を見ると、目が合った。またもや顔がカーッと熱くなった。何故彼女だけにはこうなるのか、不思議だった。愛くるしい顔立ちの、学生服姿に弱いわけではないし、胸の膨らみに気を取られている訳でもないのだ。この場から早く離れたいと思った。
「それでは先生、失礼します」
先生にもう一度深くおじぎをし、選手たちにも頭をさげた。そして自分のチームの方に戻ろうとすると、奈々子は
「山ノ上さんを送ってきます」
そう言って、後から付いて来た。

  

つづく


IMG_3055.JPG
posted by はくすい at 15:53| Comment(0) | 虹のかなた

2018年12月04日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(83)

その一 異郷の空へ(83)
 

 急に尿意を覚えたので、階段を下りて便所へ行った。用を足した後、通路の角の所で、出島商業のマネージャー・長岡奈々子とバッタリと出会った。
「あらっ、こんにちは。山ノ上さん、試合、どうやったん? 」
ニコニコと、満面に笑みを浮かべた奈々子に、突然に声を掛けられたので、一瞬ドキッとした。
「アッ・・・! ど、どうも。こんにちは・・・」
返事を返すと、急に顔がカーッと熱くなった。そして胸がドキドキと鳴り始めた。何故だか知らないがそうなったのだ。
「アタシのチームは、第五コートなんよ。今朝、取り組み表を見たら、海山高校の名前が出ていたからホントにびっくりしたわよ。でもアタシは、山ノ上さんに会えるかも知れへんと思うて、楽しみにしてたんよ」
奈々子は、両手を素早く取った。反射的に手を引いたが、間に合わずに握られてしまった。顔が益々赤くなり、心臓の鼓動が激しくなった。
「アノウ・・・。ボクたちは、一回戦で負けてしもうてん・・・」
口の中でボソボソと、しどろもどろの返事しか出来ない。奈々子はその声が聞こえているのかいないのか、ジッと目を見つめていた。
「あっちにウチのチームが居るんよ。先生も居てはるし、挨拶しといたらええのと違う? さあ、行きましょ」
そのまま、言いなりになった。反抗なんて、とても出来ないと思えたのだ。
「う、うん。ボク、挨拶に行きます」
奈々子はやっと手を離した。そして案内をするようにサッサと歩き出した。
 
  

つづく



IMG_1408[1].JPG
posted by はくすい at 15:37| Comment(0) | 虹のかなた

2018年11月29日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(82)

その一 異郷の空へ(82)
 

試合が始まると、真実子の試合が注目の的となった。場内の視線が彼女に集中した。だが、試合の結果は、一回戦で相手の五人に対して勝者数はゼロという、惨敗であった。
 海山チームの力は全く通じなかった。およそ初陣には相応(ふさわ)しくない、みじめな負け方であった。ただ、海山チームが得た唯一の一本。真実子が放った、鮮やかな抜き胴だけが救いだろうか。技が決まった時の喚声は、館内をどよめかせたのだった。
 最初の勢いはどこへやら、選手たちは意気消沈してしまった。そして衣服を着替え、帰る支度を始めた。
「アカンなあ。勝たれへんなあ。やっぱり、実力が足らんのやろうか」
大将の浦山実が、残念そうに肩を落として言った。
「みんな二本負けやなんて、ホンマ情けない話しやなァ。格好悪いで」
先鋒の不田が悔しそうにグチをこぼした。
「初めての試合やもんね。仕方ないわよ。これからまだ先が長いんやから、そんなに気にしなくてもいいわよ」
額の汗を拭きながら、次鋒の真実子が力強く言った。
「そうや。草山さんの言う通りやで。初めての試合なんやから、緊張してしもうて実力が出せなんだだけや。なあ、あしたからまた練習をやろうや」
副将の石坂勇二が、浦山の肩を叩いて言った。
「けど、草山さんのあの抜き胴だけはスゴかったわァ。見事に抜けたから、アタシ、ものすごう感動したわ。あんなん、見たのは初めてよ」
恵が両手を固く握りしめて、真実子を褒めた。
「ありがとう。相手が打って来るのが見えたから、とっさに出たんやけど、思ったよりもきれいに決まったわね」
この敗戦については何も言えなかった。相手の実力は、明らかに違っていた。海山チームは人数を並べただけの、未熟な急造チームであったのだ。
『自分が一本を取りたかった』と大いに悔が残った。あの時、相手がコテを狙って打ってきた時、その竹刀を打ち払ってメンをビシッと打った。『決まった』と思ったが、旗は一本しか上がらず得点とはならなかったのだ。
大阪から来た二郎。尾道から来た真実子。そして二年生の二人は中学時代の剣道部員である。つまり、和歌山県内の高校剣道を知っている者は、海山高校には誰も居なかったのである。
 

  

つづく


タリンの修道院には・・・
IMG_1079.JPG
posted by はくすい at 15:39| Comment(0) | 虹のかなた