2021年02月18日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(97)

その二 悲しみと苦しみ(97)
 
部員たちはことごとく山崎田先生により、竹刀の滅多打ちの洗礼を浴びたのだった。女子部員も同様で、なんの容赦もなかったのだ。そのあとに、まだまだ元気な剣持先生との稽古が控えているのだ。
 最後の礼をする時、部員たちは疲労困憊となり、立ち上がることさえ困難であった。そのあと、床に座り込んだ。先生二人が退出したので、気兼ねがなくなったのだ。
「あの山崎田先生、滅茶苦茶キツイやんか。アタシら女の子やのに、おかまいなしやし、こんな練習、ずっと続くんやったら、アタシ、もう死んでしまうわ・・・。もういやや・・・」
恵が真っ赤な顔をして泣き言を言った。だが、剣持先生の初稽古の時のように泣きはしなかった。それだけ根性が出来たのか。
「そうやなあ。やっぱり、武專というのはスゴイんやなあ・・・。ボクが今まで会うてきた先生とは、全然、格が違うように思えたなあ」
疲れた体をゆっくりと動かした。
「キツイのんはキツイけど、終ったあとが気持ちええわ。オレはこんな稽古が大好きやで。今度、あの先生が来はったら、もっともっと掛って行くで」
不田が悠然として言ってのけた。
「ふうん、不田さんは燃えているのやねえ。たいしたもんやわ」
真実子が不田の、前向きな言葉を感心して言った。
「そうや。オレは今、燃えているんや。もっと強うなりたいのや。どんなものでも、修業せんと強うなられへんのや。そんなん、当たり前のこっちゃ」
「不田さんは、なんでそんなに頑張るの? アタシには理解でけへんわ」
恵が不思議そうに不田に言った。あの、グレン隊まがいで、悪さばかりを繰り返していたこの男が、こんなにも変わるなんて、信じられないのだ。
「さっき言うたやないか。オレはもっと強うなりたいんや。そんで、この山ノ上を追い越したいんや。それを目標としてるんや。そやから、一日でも早う追い越せるように、頑張ってるんや。ホンマやで! 」
防具を片付けながら、不田が言った。
「オイオイ、ボクなんかを目標にするなよ。もっと他の強いモンを目標にせなあかんで・・・」
驚いた。自分が目標にされているなんて、思いもよらないことだ。
「なるほどねえ。不田さんは目標を見つけたのねえ。良いことやわ」
真実子は再び感心した。
「そんなら、アタシの目標は草山さんかなあ・・・。ようし、この手で捕まえてやる」
恵が視線を送りながら言った。そして、両手を前に出して手の平を広げ、真実子を掴もうとする態度に出た。まるで悪魔が舌めずりをしているような、そんな恵の行動を見ながら
「やめてよ! アタシなんか目標になれへんわよ。ホントよ・・・」
ジリジリと後ずさりしながら手を振った。とたんに獲物に飛び掛るように、恵が真実子にワッと襲いかかった。
「キャーッ! やめてよっ! 」
真実子が走って逃げ出すと、恵がその後をバタバタと追いかけた。いつもの苅川と違って、今日は真実子が追いかけられる番となった。そんなハプニングを見て、みんなはドッと笑い声をあげて喜んだ。若者の夏の宵は、まだまだ明るいのであった。
 
  

つづく


メールにも 思いだすなあ 優し顔 【宮阪正春】
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posted by はくすい at 12:49| Comment(0) | 虹のかなた
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