2021年01月21日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(96)

その二 悲しみと苦しみ(96)
 
この日から、山崎田先生を加えての稽古が始まった。部員たちは、山崎田先生の方が、剣持先生よりも組み易いと考えていた。二郎も初めてであるから、腕前の程は全く分からなかった。武專を卒業しているからと言って、それが分からない。武專というのは、今の大学の剣道部ぐらいではないのだろうか、と甘く読んでいたのだ。九歩の間合いで向かい合い
「お願いします! 」
と真っ先に掛って行った。竹刀を中段に構えて対峙すると、山崎田先生の体がまるで近くに、すっかりと見渡せた。つまり、手を伸ばせばすぐにメンやコテに竹刀が届くように思えるほどに、スキだらけに見えるのだ。おまけに先生の顔つきは、余りにものんびりとしている。
『アレッ? この先生は、本当に剣道の先生なんやろか? 』と思った。こんな明け透けな構えなど、屈強な剣持先生とは大違いだ。
『よし、メンに打って出よう! 』そう決めると、気合いのかけ声と共に先生との間を少し詰め、大きく踏み込んでメンに飛んだ。竹刀の先はいとも簡単に、そしてものの見事に先生の頭上を捕らえた。打たれた山崎田先生は、振り向きざまに
「オオッ! 良いメンじゃあ・・・。それで良いぞ! 」
と言った。その声を聞いて
『なんや、こんなもんか。大した事はあれへん』と先生の腕前に高を括(くく)った。もう一度、メンを打とうと前に進んだ。すると今度は先生が
「ほう、メンに来るのか」
ボソッと言葉を吐いた。
『えっ! ウソッ! なんで? なんで分かるんや』と驚き、そして慌てた。なぜ分かるのか。先程は見事にメンを打てたじゃあないか。それなのに、どうして分かるのだろうか。戦法を変えようと、少し後退した。そしてコテ・メンの連続技を放とうとして前に出た。
「ほう。今度はコテか、メンか」
又もや行動を見抜かれてしまった。この先生には、相手の心を読み取る能力があるのだろうか。
『ええいっ! 打ったるぞ! 』と思い切ってメンに打って出た。とたんに顎にガーンと衝撃を受け、目の前がクルクルと回った。フワッと体が浮き、ドシンと仰向けに倒れた。そこには天井が見えた。見事に突き倒され、床に転がったのだ。
「うっ・・・」
体を動かそうとしたが、背中が痛くて起き上がれない。
「クソッ・・・! 」
横に転がり、竹刀を杖にしてフラフラと立ち上がった。
「どうした、元気がないのう・・・。それでもお前は海山高校生か! 」
のんびりとした表情を変えようともせず、平然と言った。
「お願いしますっ! 」
礼をすると、再び先生に対して竹刀を構えた。
 気合いを掛けて又もや打って出た。すると、先生の姿が視界からフッと消えた。その瞬間、額の横にガツン! と打撃を受けた。クラクラッと目眩のような感覚があったが、何とか持ちこたえた。そしてもう一度打って出た。だが今度は、身体をドンッ! と押されて横の板壁に打ち付けられてしまった。もう、この先生に対して為す術がなかった。とにかく、体力の続く限り打って出た。だが、山崎田先生はスイスイと軽やかに動き、竹刀を見事に捌(さば)いて寄せ付けない。そして、動きが僅かに止ったその刹那
「おメンなり! 」
ビシッと面を捕えたのだ。そして、アッという間に壁際まで追い込まれてしまった。もう一度強くメンを打たれ、
「ほうら、お前は死んだ! 」
先生の言葉が悔しいほどに重々しい。脳天にジーンとくる衝撃を受け、その場にヘナヘナと崩れこんでしまった。あの強烈な剣持先生どころではない。恐ろしいまでの強さであった。
 
  

つづく


紅梅の 優雅な風情 君に似て【宮阪正春】
DSC_0239[1].JPG

posted by はくすい at 13:14| Comment(0) | 虹のかなた
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: