2020年12月22日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(95)

その二 悲しみと苦しみ(95)
 
明治二十八年に設立された『大日本武徳会』は、柔道、剣道の専門武道家を養成するために、明治四十四年『武徳学校』を発足させ、翌年『武術専門学校』と改称した。入学資格は中学校卒業以上である。
 大正八年『武道専門学校』に改め、大正十五年からは武道教師と共に、中学の国語漢文教師の資格も無試験で取得出来るようになった。募集人数は四十名。柔道科、剣道科各二十名づつである。入学希望者は全国から十倍以上が押し寄せるという、実に狭き門であったのである。
 武專の稽古とは、それは打ち込みと切り返しの基本稽古を徹底して行うのが特徴であった。かかり稽古などは、三年生か四年生になってからであり、あとはひたすら切り返しなのだ。技などは教えず、あきれるほど単純で苦しい猛稽古は、剣道専門家としての基礎を築くことを目標とした、教授陣の考えによるものであった。
 命がけの修業。それは決して、大仰な言い方ではない。剣道科二十名のうち、卒業までに四・五名が脱落して行くのはザラであった。武專でのあまりに激しい稽古のせいで、体を壊す者、不幸にも命を落とす者さえいたのだ
そんな恐ろしい学校を卒業したと言うことを、部員たちは誰一人として実感していないのであった。
 
  

つづく


月明り 君の面影 探してる 【宮阪正春】
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posted by はくすい at 16:14| Comment(0) | ご報告
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