2020年07月21日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(81)M35宮坂正

余りの事に、言葉が詰まった。ドカンと心の中で爆発したような衝撃を受けた。急に胸がドキドキと鳴り始めた。
「そうだよ! 二郎。ボクは兄貴の一朗だよ。随分久し振りだったねえ。君は母さんそっくりだねえ・・・。君のことは母さんから良く聞いているよ。良く頑張っているそうじゃあないか。ボクも感心しているんだよ」
ニコニコと顔をほころばせて、一朗は言った。
「おおきに・・・。一朗兄さんも元気そうで・・・」
胸が一杯で、言葉がどうしても続いて出てこない。
「マア、兄弟と言ったって、一度も一緒に暮らした事はないんだから、他人行儀なのは仕方ないよね。だけど、こうしてここで会えたんだから、これからは仲良くしようよ。ボクも今まで、君に母さんを任せ切りだったからねえ・・・。まあ、許してくれよ」
一朗は弟の肩をポンと叩いた。
「ハイ・・・」
嬉しいのか嬉しくないのか、複雑な気持ちになった。兄とは言え、一度も一緒に生活をしていないのだ。赤の他人だと言っても不思議ではない関係なのだ。道ですれ違っても気が付かないだろう。こうして腹違いの兄と分かっても、一度に胸襟を開いて相手の胸に飛び込む気持ちには、なれなかったのだ。それは、別離の長い時間が固い気持ちにさせているのである。
「まあまあ。久し振りに会ったんやから、二人で、食事にでも行ったらどうお? 近くにレストランでもあるでしょ」
母はさも嬉しそうに、はしゃいで言った。
「そうだね、そうしょう。二郎、ボクがご馳走するよ。さあ、行こうか」
一朗はそう言って立ち上がった。
「ハイ、分かった・・・」
黙って従うしかなかった。
 病院を出て少し歩くと繁華街がある。兄と並ばず、後ろに付いて歩いた。小綺麗なレストランに一朗は目を止め、そこに入ることにした。
「さあ、なんでも注文しちゃって良いよ。好きな物、あるんだろう? 」
シャキシャキとしながらメニューを勧めた。
「うん。ボクは、なんでもええねん。お兄はんに任せるよ」
「そうかい、分かった。それじゃあ、ハンバーグステーキにしよう」
一朗は簡単に言ってのけた。そしてウェイトレスに『ハンバーグステーキ定食』を二人前と、ビールを一本注文した。だが『ハンバーグステーキ』とはどんなステーキなのだろう。元々日本食党なので、そんなハイカラな料理を食べたことはないのだ。
 やがて料理が運ばれて来た。皿の上にはコゲ茶色の大きな肉の塊のようなものが乗っており、その上にソースがたっぷりとかけられていた。持ったフォークでちょっと突いてみると、見た目よりも以外にも柔らかいではないか。ナイフで切って口に含むと、豊潤な味が口中いっぱいに広がった。
「おいしいな・・・」
思わず言葉が口から出た。
 一朗はビールを呑みながら良く喋った。今は東京の世田谷に住んでいること。仕事は鉄工所で、大きな旋盤を扱っていること、昨年の年末に女の子が誕生したこと、野球が好きなので、チームを作って楽しんでいること、等々。
 一朗が気を配り、兄弟としての絆を深めようとしているのは良く理解出来るのだが、いかにせん過ぎた時間は取り戻せないのだ。もしも幼い頃、一緒に住んでいたとしたら、話は違っていただろうが、今はそうではないのだ。だが、嬉しい表情をせねばならないと思った。嘘でも良いから、今は楽しく振る舞わねばならないのだ。両親のことを心配して、遠い東京から来てくれたのだから、そうしないではいられなかった。父が言いたそうにしていたのは、この一朗のことであろうと思った。
「兄さんは、汽車で来たんか? 」
「そうだよ。特急『つばめ』で来たんだ。とても速いんだよ。何しろ、特急だからねえ」
「ふうん、ええなあ・・・。ボクも乗って見たいなあ・・・」
「そうだ! ボクの家に遊びにおいでよ。その時、『つばめ』に乗って来りゃあ良いんだ。そうしなよ」
「うん、おおきに・・・」
ビールで少し赤くなった顔で、兄は上機嫌で言った。

  
つづく


今年はガリも漬けてみました^^
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posted by はくすい at 14:42| Comment(0) | 虹のかなた
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