2020年06月18日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(76)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(76)
 
その日の夕方であった。練習の終わり頃、海山道場に一人の男性が尋ねて来た。背広姿であるが、誰もがその顔に見覚えがない。
「オーイ。ここの部長は居るか! 」
入口で大きな声で叫んだ。
「ハイッ! 」
マネージャーの美紀が応対に出た。その時、稽古中の剣持先生が、顔を右に向けてその男の顔を見た。すぐに動きを止めると、入口の方へ進んだ。
「オーイ! 君は、吉雪君じゃあないのか? 」
先生は片手を挙げて声を掛けた。名前を呼ばれた男性は、先生が面を着けているので
「オレは吉雪やけど・・・」
怪訝そうに首を傾げた。
「オレやオレ。剣持や! 奥峯高校の剣持や。覚えてへんのか! 」
甲手を外し、指で顔を指しながら言った。
「えっ! けんもちって、あの剣持君か! なんと、久し振りやなあ・・・」
さも懐かしそうに、目を細めた。
「そうや。オレ、剣持や。何年ぶりかなあ、元気か? 」
面の中で、顔が汗まみれになりながらも笑っている。
「へえーっ! 知らなんだなあ・・・。君ァここの教員に成っていたんか。そしたら、コイツらは、幸せ者(もん)やなあ・・・」
辺りを見回しながら、言った。
「いや、そんなことあれへんけど、まあ中に入って・・・」
様子を見守っていた部員たちは唖然となった。剣持先生と、この男性は知り合いだったのか。
 先生はその男と道場の中央へ行き、全員を集合させた。
「良いか、紹介をしておく。ここに居られるのは吉雪さんと言うてな、お前らの大先輩なんやぞ。昔の、強かった時代の、海山高校剣道部の卒業生なんやぞ! オレが試合で合うて、三回も負けた程の強い先輩なんや。みんな、しっかりと挨拶をしておけ! 」
部員たちはどよめいた。お互いに顔を寄せて囁き合った。
「吉雪と言います。この学校を卒業してから早いもんで、もう十二年になるのやけど、母校に剣道部が出来たと聞いたんや。それで今日、用事があったから久し振りに来てみたら、ちゃんと剣道をやっとる。お前たちを見てオレは嬉しかったぞ。もしお前たちが良かったらオレたちの仲間を呼んで、一緒に稽古をやりたいと思うておる。これから宜しく頼むよ」
部員たちは一斉に拍手をして先輩を歓迎した。
 『吉雪』という名前をどこかで聞いたように思った。確かに、強かった先輩だという話を聞いた記憶が脳裏にあった。ハテ、いつだっただろう・・・。
 それから部員たちは、一人づつ立って自己紹介をした。吉雪先輩は満足そうに頷いていた。その後、剣持先生と吉雪先輩は、食事に行く話が纏まったらしく、早々に道場を出て行った。
「オイ。あれが先輩なんか、ホンマに強いんやろか? 」
不田が真っ先の口を開いた。
「強いんやろうな。ポパイが、三回も負けたと言うてはったやんか」
井仲もすかさず続いた。
「卒業してから十二年言うたら、あの先輩は丁度三十才やな」
「仕事は何やろ。サラリーマンやろうか」
「三十才やったら、もう結婚してるんかなあ・・・」
「大学でも剣道やってたんやろか。今はどうなんやろ」
「今でもやってたら、無茶苦茶に強いで。オレらは、ボロボロになるで」
「けど、後輩にはやさしいのとちがう? 他(ほか)のクラブではみんな、そない言うてるよ。アタシはそう思うわよ」
「それはないと思うわよ。後輩には特に厳しいものよ」
「アタシ、そんなん、いやや」
口々に色々な言葉が飛び交った。
「先輩が稽古を付けてくれはると言うんやったら、ボクは大賛成や。そんなん当たり前や。そやからみんな、やろうな! 」
最後を締め括った。みんなは二郎の言葉に深く頷いた。
 駅迄の道中、考えていた。『吉雪』という名前をどこで聞いたのだろうか・・・。真実子と恵が並んでいるのを見て、ハッと思い出した。以前、登校の途中、剣持先生の防具を担ぎながら先生から『吉雪』という名前を聞いたのだ。その時先生は、試合で三度も負けた、と仰ったのだ。
「剣持先生って立派やねえ。人を紹介する時に『試合で負けた』って言えるなんて、仲々できないものよ・・・。相手を立てるから、自分も立てて貰えるのよ。良い勉強になったわね、アタシも見習わなくっちゃ」
汽車の中で、真実子は感慨深そうに言った。『成る程』と思いながらも、常に奥深くまで相手の言葉の意味を受け取ろうとする、彼女の姿勢を素晴らしいと思った。
 彼女には、いつも『オヤ? 』と気付く新しい発見があった。それが二郎にはたまらない魅力なのである。

 
  

つづく

子供達のリクエストで梅シロップを2瓶漬けました〜(もちろん南高梅です)
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posted by はくすい at 15:55| Comment(0) | 虹のかなた
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