2020年03月05日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(59)M35宮坂正春

その二 悲しみと苦しみ(59)
 
奈々子は先に家を出た。そしてバス停で待った。少し遅れて二郎が来た。二人は知らぬ顔をしでいた。やがてバスに乗り、隣町へ行った。運良く誰の目にも留まっていない。
 食堂は休日のお昼時だというのに、ガランと空いていた。食事の客は二人だけてあった。
「長岡さんは何が好きかな? 色々あるよ」
メニューを見せながら言った。
アタシはなんでも良いのよ。二郎さんに任せるわ」
「それじゃあ、この磯定食にしよう」
注文して暫くの後、磯定食が運ばれて来た。
「おいしいわねえ・・・。アタシね、お造りの中でこのハマチが一番好きなのよ。二郎さんはどう? 」
目を細め、さも美味しそうに食べる奈々子の顔は、幸福そのものであった。
「二郎さんと、食事をするのはこれで二回目やねえ。アタシ、とっても嬉しいのよ・・・。こういう海岸では、やっばりお魚がいいわね」
ニコニコと微笑むその顔が、この上なく可愛いと思うのであった。どうしてこの娘(こ)は、こんなにも魅力的なのだろうか。 
 食事を終えると、ゆっくりとお茶を飲んだ。窓から入ってくる浜風が、潮の香りを乗せていて肌にやさしかった。
「ちょっと、歩こうか。気分がええで」
「そうね・・・。天気が良いし、歩きましょ」
食堂を出て、海岸の方へ歩いた。
 五月の休日で、それも上天気な昼間だというのに、この浜辺には人影が見当らずに静かだった。松尾芭蕉が『のたり、のたり』と表現したような、見事に凪いだ海面であった。
 波打ち際をゆっくりと歩いた。奈々子が手を取ろうとしたので、さり気なく手を動かして僅かな間隔を取った。すると彼女は、左腕を両手で掴み、胸にしっかりと抱きしめた。そして寄り添うようにして歩いた。誰が見ても、恋人同士そのものであった。
「さっき、二郎さんの写真を見せて貰ったでしょう。あの中にねえ・・・、アタシの好きな写真が一枚あったのよ・・・。あの写真、アタシは欲しいんやけど、どうかしら」
「ボクの写真? どんなんやろ」
「ホラ、大阪城の前で撮ったのがあったでしょう、あれよ。あの写真がどうしても欲しいのよ」
それは去年の春だった。泉川高校への入学が決まった日に、友人二人と一緒に大阪城へ行ったのだ。その時一人で撮って貰ったものであった。
「ああ、あれか。ええよ、長岡さんが欲しいのなら、あげてもかめへんよ」
「ホント! 嬉しいわ・・・。夢みたいやわ」
奈々子は顔を輝かせ、嬉々として喜んだ。そして体を大きく踊らせると、その弾みで掴んでいる両手に力が入った。
「イタッ・・・。長岡さん、痛いよ! 」
「アッ、ごめんなさい! 」
腕を引くと、彼女は手を離した。だが今度は手を握った。

  

つづく

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posted by はくすい at 12:45| Comment(0) | 虹のかなた
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