2020年03月03日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(58)M35宮坂正春

その二 悲しみと苦しみ(58)
 
この場合、自分の部屋を見せるのは仕方がないと思った。奈々子はこの家の中に居るのだから。
「入っても、良い? 」
「うん、かめへんよ。どうぞ・・・」
襖を開け、奈々子を招き入れた。
 彼女の顔は輝いていた。『これが二郎の部屋なのか』と興味津々なのだ。そして、そこへ入る幸福感で、胸がキューッと締め付けられた。
 その部屋は、実に殺風景であった。単なる和室の四畳半である。窓際に座敷机がポツンとあり、横には本箱がある。それだけである。飾り物など何一つない。反対側は押入れである。
「ヘエーッ! シンプルなんやねえ・・・」
奈々子は驚きとも、感嘆とも取れる言葉を口にした。
「二郎さんは、いつもここで勉強してるんやねえ・・・」
机の前に座り、その上をさも愛おしいように手で撫でた。
「そうやねん。静かでええで」
大阪での大会優勝などの賞状は有るのだが、飾ってはいない。
「ねえ、二郎さん。写真、あるでしょ。アタシに見せて」
彼女の言葉にハッとした。写真帖はあるが、見せても良いのだろうか。
「うん、分かった。今、出すよ」
押入れの襖を開けて、写真帖を取り出した。それには彼の誕生の時から、現在までの成長記録があるのだ。
 幸いにも、先日の大阪での写真はなかった。写真屋へ焼増しを頼んでいるので手元にはない。真実子と一緒の写真など、絶対に見せる訳にはいかないのだ。
「ハイ、コレ。二冊あるから、どうぞ見てちょうだい」
「ええ。ありがとう・・・」
奈々子は胸をときめかせた。この二冊のアルバムの中には、二郎の全てがある。そう思うと心が躍った。ゆっくりとページをめくった。目の前には、あどけない幼児の二郎が居た。それらを見て、彼女は喜び、キヤッキヤッと笑った。小学校時代から中学校時代に移ると、目の色が変った。
「ねえ二郎さん。これはどこ? 何の試合なの? 」
剣道姿の写真を見つけると、彼の傍へにじり寄ってきた。
「ああ、それはね・・・」
説明するに従い、奈々子がジワジワと近付き始め、とうとう並んで寄り添うようになってしまった。腕と腕、膝と膝が接しているのだ。
 その時、顔を見て初めて気付いた。彼女はうっすらと、お化粧をしていたのだ。『なるほど、それで』きれいに見えたのだ。
 この家で二人で居るのは大いに問題がある。何事もある筈はないが、積極的な彼女だから、仲々油断が出来ないのだ。
『どうしたらええのやろ』どうすれば、この局面を突破出来るのだろうか。
 奈々子は有頂天であった。大好きな二郎と会い、たった二人で、彼の宝物のアルバムを見ているのだ。草山真実子と言えども、ここまでは付き合えていない筈だ。一歩も二歩もリードしていると思った。余計に気分が浮き浮きと弾み、優越感に浸った。
『草山さん。アンタなんかに、負けてたまるもんか。アタシの勝ちよ。二郎さんは、アタシの恋人なんやからね! 』はっきりと心の中で宣言をした。 だが、二郎には救いがあった。それは、真実子が隣の家に住んでいるという事実に、奈々子が気付いていないことであった。
『そうや、この家から連れ出せばええのや。それしかない』やっと結論を得た。だが、どうして外へ連れ出せば良いのだろう。その方法は? そして、何処へ行けば・・・。
「なあ、長岡さん。もうお昼やし・・・。お腹、空いたやろ? お昼ご飯、どうする? 」
奈々子はアルバムから目を離し、顔を斜めにしてジッと見た。そのあどけない顔が、なぜこんなに可愛いのだろう。
「えっ! お昼ご飯? もう、そんな時間なん・・・。アタシ作るわよ。二郎さんの好きなモン、何でも出来るわよ」
奈々子は胸を張った。この家で料理をするのは完全なる勝利であり、自分の誇りだと信じていたのである。
「けど、ウチにはなんにもあれへんで。お米もないし、ボク一人やからお茶っ葉しかないんやで。そやから、なにか食べに行こうや、な」
「ア、そう。アタシ、二郎さんに何か作ってあげたいのに・・・。市場は近くにないのかしら? 」
「うん。農協の店があるんやけど、今日は休みやねん」
「ふうん、そう・・・。残念やけど、仕方ないわね。やっぱり、お弁当、持ってくれば良かったのねえ・・・」
農協の店が休みだという嘘に、彼女は半ば納得したようだった。
 そうだ、駅とは反対の方向、隣町に釣客相手の食堂が一軒あった。そこへ行けば良いのだ。そうしょう。

  

つづく


別れ、旅立ちの季節です
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posted by はくすい at 14:08| Comment(0) | 虹のかなた
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