2020年01月09日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(48)M35宮坂正春

その二 悲しみと苦しみ(48)
 
「草山さん、お昼になにを食べようか。好きなモン、言うてよ」
柳並木の道を、川に沿って歩きながら言った。
「そうねえ・・・。アタシはなんでもえのやけど、せっかく大阪へ来たんやし、なにか、これが大阪の名物や、と言うものが良いナ」
小首をかしげて、甘えるように言った。
「そうや! それやったら『まむし』がええわ。そないしょう」
「えっ! まむし? まむしってなんなの? 」
驚いた顔を見て悪戯っぽくニヤリと笑った。やはり彼女は知らないのだ。
『あんなモノが食べられるのか』と、猛毒の蛇、蝮を想像していたのだ。
「地下鉄でミナミへ行こうよ。ええ店があるんや。すぐ近くやから早いで」
市役所の近くまで戻ると、淀屋橋がある。それを渡ると、橋のたもとに地下鉄の淀屋橋駅があるのだ。
 階段を下ると切符売り場があり、その先に駅のホームがあった。やがて来た列車に乗った。真実子は地下鉄に乗るのは初めてであった。山をくぐるトンネルではなく、モグラの様に地中を電車が走るとは、信じられないのだ。
 轟音と共に走り出したが、スピードが早いのだろうか、ものの五分も経たないうちに心斎橋駅に着いた。
「もう着いたの? 早いのねえ」
「そうやで。汽車よりずっと速いで。邪魔するモンが無いから早いんや」
地上へ出ると、そこには人が溢れていた。有名な心斎橋筋なのである。駅からの出入り口はちょうど、大丸百貨店とそごう百貨店の中間であった。
 横に人だかりがあったので覗いて見た。朱色に塗られた籠があり、その中に朱塗りの小さな祠があった。『何をするのかな? 』と思って見ていると、男が拍子木をチョンチョンと打った。すると、白い小鳥(ヤマガラ)が出てきて、ピョンピョンと飛び跳ねて祠の前へ行った。そして嘴でつついて鈴を鳴らし、祠の扉を開けて中にある、おみくじを咥(くわ)えて出てきた。所定の位置でそのおみくじをポトリと落とすと、鳥使いが手で受けて客に渡した。周りの観衆は拍手喝采であった。ヤマガラのおみくじショーなのである。
「イヤーッ! 可愛いわねえ・・・。それに上手やし」
すっかりと感心して見入っていた。
 人の流れに従って南へ歩いた。両側には沢山の店が並んでおり、綺羅(きら)びやかに喧を競っていた。老若男女を問わず、全ての人種が連なっている。
「すごいんやねえ・・・。いつもこんなの? 」
「そうやで。ここはいつもこんなんや。夕方になったら、もっと増えるよ」
「ふうん。こんな人出、初めてやわ」
次々と移り変わる店々を眺めながら歩いた。真実子は、こんな人混みの中は手を繋いで欲しいのだが、彼が足早に歩くので、そうは出来なかった。
「ここが有名な、宗右衛門町や」
ここの狭い道筋にも人が溢れていた。橋を渡ると、そこは道頓堀であった。映画館、演芸場、洋品店、レストラン、喫茶店などがひしめきあっている。
「ここや、ここ。草山さん、この店に入るんやで。ほら、行くよ」
そこは五階建てのビルディングであった。
 入口には等身大のピエロの人形が立っている。チンドン屋のような太鼓が腰に付いていた。電気仕掛けだろう、顔を左右に動かし、太鼓を叩いている。
「このビルは、ぜーんぶが、食堂とレストランなんやで。食べるモノやったら、なんでもあるんやで、すごいやろ」
「えっ! 本当に、なんでもあるの? すごいわねえ・・・」
真実子は驚いた。さすがは『食い道楽』と言われる、大阪だけの事はある。 彼が誘ったのは二階の和食部であった。丁度お昼時なのでギッシリと客が入っている。そんな風景も、彼女には驚きであった。店の中に入り、うまく二人分の席を見つけて座った。そして給仕のお姉さんに
「まむしの上(じょう)二ツ、お願いします」
と注文した。いったい、まむしとは、どんな料理なのだろうか。なにも知らない真実子は、興味深々であった。
 間もなく料理が運ばれて来た。お盆の上には、塗りの重箱、小鉢料理、汁碗、漬け物、そしてお茶が乗っている。
「ハイ、どうぞ。ごゆっくりしてくだはいね」
給仕のお姉さんが二人の前に置いた。
「さあ、これが『まむし』やで。食べような、おいしいで」
重箱の蓋を取ると、芳ばしい香りが鼻をくすぐった。彼女はこの匂いからこれは鰻重だと思った。だが、上から見ると、ご飯しか見えていない。これはウナ重ではないのだ。いったい、どうなっているのだろう。
「いただきます」
箸でご飯をつつくと、中から鰻の蒲焼きが出てきた。口の中に含むと、芳醇でまろやかな味が口啌一杯に広がった。なんという、おいしさなのだろう。
「鰻の上に、ご飯をまぶしてあるやろ。『まぶす』と言うのがなまって『まむし』になったんやて。これは大阪の名物やで」
「美味しいわねえ。やっぱり食べ物は、大阪が一番やと思うわねえ・・・」
「そうやろ、そう思うやろ。誰の思いも一緒や」
汁椀は鰻の肝を使った肝吸いで、小鉢物は肝焼きである。
 二人は静かに食べた。いや、おいしさのあまり、喋べる暇がなかったのかも知れない。食べ終ると、お茶を飲んだ。もう、お腹が一杯だ。
「おいしかったなあ。食後のコーヒーを飲もうよ。下の喫茶店へ行こう」
真実子を促し、席を立って一階へ下りた。
「大阪って良いわねえ・・・。何か、こう、町全体が動いているって感じがするワ。とっても活気があるもの。アタシ、こんな雰囲気って大好きよ」
コーヒーを飲みながら、彼女は顔を輝かせて言った。
「その通りや。ボクも住んでたから、それがよう分かるんや。そやから、大学は絶対に大阪にするつもりや」
「そうなの、やっぱりねえ・・・。アタシも大阪へ出てきたいナ。そしたら二郎さんに会えるかも知れないわね」
一瞬、ドキッとした。以前、あの奈々子が、同様の言葉を言ったのだ。
「草山さんは将来、どうすんの? 」
動揺したのを悟られないように、質問した。
「アタシは薬剤師になりたいのよ。今日のような大きな病院へ入って、毎日お薬を作るの。そしたら、沢山の人たちのお役に立てるでしょ」
又もやドキッとした。奈々子は看護婦になりたいと言った。あり得ないだろうが、万が一、この二人が同じ病院になったらどうなるのだろう。
「二郎さんはどうするの? 」
「えっ! なにが? 」
ごく僅かな時間、他に気を取られていて、フイを突かれてハッとなった。そのとたん、手が震えたのか、コーヒーがこぼれてズボンの上に落ちた。
「アッ! アカン! 」
慌ててカップを置き、ハンカチでズボンの上を拭った。真実子はそれを見ても笑おうともせずに
「将来のことよ! 今、アタシに聞いたでしょ! 」
と、語気を強めて言った。
「アッ、そうか。ボクは製薬会社へ行こうかな。そしたら、草山さんと道が繋がるから、ええと思うなあ・・・」
これはウソである。彼女の話に乗せた作り話であった。
「お父さんの仕事は手伝わないの? 」
「うん? そんなん、まだ分からへん・・・。さあ、ボチボチ行こうか」
返事が気に入らないのか、少し固くなった顔を見て、話の内容がおかしくなったように感じた。だから、場所を変えようと思ったのだ。話の出来る時間は、まだまだいくらでもあるのだ。

  

つづく


ビールと黒豆の煮汁で角煮!ルーロー飯
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posted by はくすい at 14:00| Comment(0) | 虹のかなた
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