2019年12月05日

気まま旅『 その壱参 福岡県 その三 』M38泉谷忠成

『 その壱参 福岡県 その三 』 


能古島アイランドパーク、姪浜渡船場からフェリーで能古島まで約15分、島全体がお花畑。私の行った時は島全体がコスモス畑でした。
その花畑の中に、のこのこボールがありました。それはゲートボールをゴルフコース化したと言った方が分かりやすいと思います。
島の中には受付事務所が一軒あるのみ、当時は誰もいない、まるで島(お花畑)を独り占めの中でのプレー、自分の庭のような感覚でした。
今はコテージ・レストランが出来、宿泊も可能になっているようです。自分の庭のようなお花畑の中でのプレーは感動!の思い出。更に志賀島、こちらは島のようですが福岡から細い一本道でつながっていて車で行くことが出来ます。サイクリングコースがあり、レクレーションの島と言った方が適切だと思います。
私の住んでいたところは西新、平成以降大きく変わって行きました。当然私たちの住んでいたところも大きなビルに、当時の面影はなく様変わりの様相になって行きました。
福岡県人の気質は、大阪ではなく常に東京を意識していました。その事を思わすような変容ぶりでした。

西新の近くに元寇防塁の碑がありました。元寇防塁は西の今津から東の香椎浜までの20Kmに渡って築かれ、そのほぼ中間にあたるのが西新・百道地区の防塁でした。
私のいた当時は自然のままの形で残されていましたが、今は遺跡として整備保存されているようです。
当時小高い丘の上に碑があり、歴史で習ったのは、二度の暴風で蒙古軍は海上で大破したと記憶があるのですが、その碑の説明には、一部西新辺りまで上陸し、双方が犠牲になったとありました。




能古島(奥に見えるのが志賀島)
能古島.jpg
posted by はくすい at 11:05| Comment(0) | 旅だより
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