2019年04月02日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(7)

その二 悲しみと苦しみ(7)
 

三学期の始業式の前日。登校して海山道場へ行った。扉を開けると、道場は寒々とした姿を現わした。そこで彼は目を瞠(みは)った。それは、ロープに吊るされた稽古着であった。鴨居にロープを張り、多数の稽古着を干してあるのだ。それに面下用の手拭いも沢山干してある。自分の稽古着は家で洗ったのだが、他の部員たちは多分、放置していたのであろう。それを誰かが洗濯をして、こうして干しておいてくれたのである。
『これはありがたい』そう思った。けれど、この冷たいさ中に、一体誰が、こんな辛い仕事を引き受けたのだろうか。
 そして何気なく天井を見上げて、アッと驚いた。ズラリと電球が並んでいるのだった。道場を整備した時には、三ツだけ電球を取り付けたのだった。が、今見ると、全てに電球が付き、傘まで付いているのだ。
『電球を付けてくれたのは、誰やろうか・・・』この道場を、知っている人物を考えた。
『用務員のおいやんや』そうに違いない。お礼を言わなければ。
「おいやん。居たはりますか? 」
「オウ、山ノ上君か。よう来たのう」
ヤカンのお茶を注いでいる処だった。
「道場に電球を付けてくれはったんは、おいやんですか? 」
「おお、そうや。去年の暮れにナ、校長が儂に、道場に電球を付けてやれと言うたんじや。ついでやからまぁ、傘まで付けといたんじゃ。これで夜は明るうなるやろ・・・」
注いだお茶を、二郎に勧めながら言った。
「おおきに、ありがとうございました。これで夜になっても安心です。あのロープも、おいやんがやってくれはったんでしょう? 」
「おお、そうや。昨日(きのう)やったかいの、ちっちゃい女の子がの、ロープを張ってくれと言うたんじゃ。それでの、張ってやったんじゃ。そしたら、洗濯物を干したんじゃよ。冷たいのに、熱心な娘(こ)じゃな。儂は感心したぞ」
『小さな女の子』と聞いて、片山美紀だと分かった。そうか、あのマネージャーがこの寒い中を、手の切れるような冷たい水を使って、沢山の稽古着や手拭いを洗ってくれたのだ。赤切れになっているのではないか、風邪を引いてないのだろうか。その苦労が肌身に感じられた。
『これは、精一杯頑張れよ、と言うことや』独り言のようにつぶやいた。
「おまはんが喜んでくれたら、儂も嬉しいワイ。早う強うなって、学校の名前を挙げてくれえのい。頼んどくでな・・・」
「ハイッ。やります、頑張りますっ! 」
校長先生までが気を遣ってくれたとは、思いも寄らぬ喜びだった。
 そうだ、もうすぐ新人大会がある。そこで何かの結果を出そう。いや、出さねばならない。それが片山美紀に対する礼儀と言うものだ。そう思った。

 
  

つづく
posted by はくすい at 12:03| Comment(0) | 虹のかなた
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