2018年12月26日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(88)

その一 異郷の空へ(88)
 

最近、朝の出発時間を少し早目にした。今迄は家の前で彼女を待っていたのだが、バス停で会うようにしたのだ。深い意図はないが、自分の家の前で待つのに、一種の気恥ずかしさを感じるようになったのである。僅かだが、十六才になって少年期から抜け出そうとしているのだろう。身長は一センチ伸び、百六十九センチになっていた。
「どう、きのう良く眠れた? 」
「大丈夫。良く眠れたわ。アタシはね、嬉しい時には良く眠れるのよ」
顔を輝かせて言った。昨日、試合で惨敗したのに、ナニが嬉しいのだろう。 
 いつもの時刻の汽車に乗り込んだ。苅川純夫が先客として乗っていた。
「オーイ、おはようさん。こっちこっち! 」
右手を挙げ、大きな声で呼んだので驚いて顔を見合わせた。彼は溌剌としている。以前のあの暗い表情とは大違いだ。網棚を指で示しながら
「ほれ見ろ。ちゃーんと防具を持ってきたで。オレは今日から稽古をするんやで。あの道場でなっ! 」
成る程、それで元気が良いのか、と思った。昨日、地区大会を見て、再び剣道に希望を持った。それが彼の表情を変えたのか。
「えらい元気やねえ、苅川さん。そやからと言うて、アタシら女の子をいじめたらアカンわよ」
「そんなアホなこと、言わんといてや。オレより草山さんの方がずーっと強いんやでェ。時々、稽古を見てたから、分かってんのや。そやけど、相手が池上さんやったら、オレの方がいじめられそうで、ホンマに恐いわ」
「ほんまかいな、それ」
ワッハッハッーと盛り上がったが、辺りを見渡して口を押さえた。他の乗客に顰蹙(ひんしゅく)を買われているような気がしたのだ。三人は下を向いたが、お互いに横目でチラリチラリと顔を見合わして、プッと笑った。

  

つづく



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posted by はくすい at 22:18| Comment(0) | 虹のかなた
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