2018年11月06日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(76)

その一 異郷の空へ(76)
 

真実子は、ずっと見学をしていた。その内、ソッと恵に歩み寄った。
「アタシも、一緒にさせてね」
そう言いながら、恵と並んで竹刀の素振りを始めた。初段を持っているだけあって、竹刀の握り方、振り方、足の運びなどが実にスムーズである。最近始めた恵とは、明らかに違っていた。
『これは、ありがたいこっちゃ! 』大変嬉しかった。今迄、有段者は彼だけだったが、これで二人になった。恵のような女生徒には、同性の真実子の方が学び易いのかも知れない。
「あした、自分の防具を持ってきます」
額の汗を拭きながら、真実子はしっかりと言った。
「ねえ、草山さん。尾道から来たんやてねえ。遠い処やから、時間がぎょうさん(たくさん)掛かったんとちがうの? 」
片山美紀が、やんわりと真実子に声をかけた。
「ええ。大阪まで急行で四時間やし、大阪から又、四時間も掛かったわ」
「アタシねっ! 林芙美子って小説家が好きなんよ、大好き! そやからゼッタイに、尾道の町へ行きたいと思ってるのよ。林芙美子の小説には、尾道の町がぎょうさん出てくるもんねぇ。千光寺とか、昔の尾道女学校の処らへん、ゆっくりと歩いてみたいワァ・・・。『浮き雲』やったら屋久島やから遠いけど、尾道ならアタシ一人でも行けそうな気がするもん」
そう言うと、美紀はうっとりとするような表情になった。
「花の命はみじかくて、苦しきことのみ多かりき・・・」
よほど林芙美子が好きなのか、少し上向き加減になって、詩の一節を誰に言うことなく、一人で暗唱している。
 二人の会話を何気なく聞いていて少々驚いた。この片山美紀という女生徒は、見かけに寄らない読書家なんだなあ、と。
「アタシね、林芙美子の小説は『風琴と魚の町』だけは読んだんやけど、片山さんはもっとたくさん読んだの? 」
「ええ、読んだわよ。今の『風琴と魚の町』でしょ・・・。それから『放浪記』『清貧の書』『牡蠣』『うず潮』『晩菊』『茶色の目』『浮雲』『めし』ぐらいかなぁ・・・」
美紀は指を折り、数えながら作品の題名を語った。
「へえーっ、すごいんやねえ、たいしたもんやわ。アタシなんか、文学みたいなもんやなんて、全然あかへんわ。ナーンのひとつも読んでへん」
口を尖らせながら恵が言った。その言回し方が妙に面白かったので、みんなは大きく笑った。
 真実子は、自分の故郷に興味を持つ人達が居るのが嬉しかった。それもひやかしや誹謗ではなく、れっきとした文学の故里として憧憬を感じているのであるから、尚更のこと嬉しかったのだ。
『こんな人たちのクラブなんやから、頑張れるかも知れない』
真実子は入部第一日目にして、前に向く決心が出来たのであった。


  

つづく


前回の答えは高雄『旗津半島』の夕日でした。
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posted by はくすい at 12:00| Comment(0) | 虹のかなた
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