2018年10月25日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(73)

その一 異郷の空へ(73)
 

一週間もすると、美紀が別人のように明るくなった。初めて海山道場へ来た時とは違って、生々と行動しているのだ。毎朝、井仲が大きな声で挨拶してくれるのも嬉しいし、加々田保子をリーダーとする五人組のいじめが無くなった。それにつれて、級友の嘲笑も陰を密めてしまった。このような、クラスの要因もあるが、何よりも道場での会話が楽しい。雑巾を絞ったり、タオルを洗ったりする細かな世話が楽しいのだ。それらが美紀の、快活への大きな原動力であった。今日も練習が終ったあと、何が面白いのか知らないけれど、美紀は恵とキヤッキヤッと、楽しそうに騒いでいた。
 この頃、この田舎の町でアルバイトの口を捜していた。伯父の恵介の口利きで、駅近くのバス会社で、車両の清掃の仕事が見つかった。
毎週日曜日に車庫へ行く。そして、バスの車体を洗ったり客室内を清掃するのだ。経済的に少しでも、母の力になりたいと思ったのである。日給は四百円で、普通より百円も高い破格値であった。
 十月中旬の日曜日。車庫へバイトに行った。バス会社は行楽シーズンの最中なので多忙であった。つまり、観光用のバスは殆どが出払っているのだ。残っているのは、路線用と整備中のバスである。つまり、扱えるのは路線用のバスだけだ。この日は午後三時には仕事が終った。日当を受け取り、部長さんに挨拶をして車庫を出た。
家に帰ると、玄関の上がり框(かまち)に女物の履物が二足あった。来客とは珍しい事だ。伯母と恵美子かな、と思ったが、そうではないようだ。茶の間には中年の婦人と、娘が見えた。
「こんにちは。いらっしゃい」
軽く会釈をして自分の部屋へ行こうとすると、母親が呼び止めた。
「丁度良かったわ。二郎ちゃん、ここへいらっしゃい」
母の横へ座った。卓袱台(ちゃぶだい)の上にはお茶が出されてあった。
「今度、隣のお家へ来られることになった、草山さんですよ」
そう言えば、隣に空き家がもう一軒あったのを思い出した。
「こんにちは。二郎です」
挨拶をすると、相手二人もおじぎをした。
「こんにちは。草山です」
「こんにちは。娘の真実子です」
「草山さんはね、広島県の尾道市から来はったんですって。ご主人は造船会社にお勤めなのよ。ホラ、隣町に大きな造船所が出来たって、伯父さんが言うてたでしょう。あそこへ転勤されたんですって」
「そうなんですよ。主人は自分一人で転勤する気になっていたんですけど、私達だけ尾道に残っていてもお互いに不便やし、それで一緒に来るようにしたんです。お隣が山ノ上さんで良かったわ」
チラリと真実子を見た。初対面だからジロジロと見る訳にはいかない。髪は短かく、丸顔で色白である。背筋をピンと伸ばし、正座をしている姿は、心の中にしっかりとしたものを持っているような、落ち着きが感じられた。
「真実子さんは高校生なの? 」
「ハイ、そうです。高校一年生です」
「そしたら、学校はどうしはるんですか? 」
「ハイ。近くの普通高校へ行きたいと思っています。引っ越しが急だったので、まだ、はっきりと決めてないんです」
母の質問に、微笑みながらハキハキと答える端正な顔立ちの口元から白い歯がこぼれ、清潔さが溢れる真実子であった。切長で涼しい瞳と、濃い目の眉毛が、芯の強さを物語っているようだ。
「この子はネ、県立海山高校の一年生なんですよ。実はウチも今年の六月に大阪からここへ越して来たんですよ」
「ああ、そうなんですか。奇遇ですねえ」
静かに会話を聞いている真実子の表情を見ていて、ふと、出島商業の長岡奈々子を思い出した。比較する訳ではないが、目の前の真実子とは雰囲気が違っている。奈々子には、不思議な華やかさがあるように思えた。
 合宿での、印象的なあの白い服。映画に行った時の赤い服装など、他の女生徒にはない艶(あで)やかさが感じられるのだった。顔の造形なのか、表情なのかは分からない。今、目の前に居る真実子には、そんな風情は見えないが、何かしら、静かな落ち着きが感じられて、心が和むような気がした。
 やがて二人は帰って行った。真実子が立ち上がった時、その長身に気付いた。そして、スラリと伸びた素足が眩しかった。


  

つづく



姫路城世界遺産登録25周年記念(A31津田義貞氏撮影)
姫路城世界遺産登録25周年記念.jpg
posted by はくすい at 13:08| Comment(0) | 虹のかなた
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