2018年09月25日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(66)

その一 異郷の空へ(66)
 

食器を手にしながら、再び話し出した。
「アタシのお家(うち)はとても古いのよ。もう百五十年も過(た)ってるって、お父さんが言うてはったわ。古いけど、アタシは気に入ってるのよ。お庭もお部屋も広いから、とてものんびり出来るのよ」
「ふうん。立派なお家(うち)なんやねえ」
「ううん、立派やないけど、広いことだけは確かやわ。ウチは農家やから、鶏もいるし、牛もいるんよ」
「へえーっ、牛も飼ってるの。けど、どうするん? 畑で耕すのに使うのんかな? 」
「いいや、ちゃうわよ。子牛を買(こ)うて育てるのよ。それで大きくなったら、市場へ出して売るのよ」
キヤッキヤッと笑いながら言った。
「あっ、そう。そんな仕事もあるんやね。それで・・・、長岡さんは将来、どんな仕事をするの? 」
「アタシ? アタシは看護婦になりたいのよ。今の高校を出たら、大学の医学部か、看護学校へ行きたいのよ。そして看護婦さんになって、沢山の人のお世話をしてあげたいのよ」
「偉いなあ。けど、学校は商業やろ? 普通科でなくても、ええのん? 」
「名前は商業やけど、アタシは普通科よ。各学年に普通科があるのよ。この辺の学校はそうなっているんよ。そうでないと、遠い人が困るでしょ」
「なるほどねえ・・・」
奈々子の希望が看護婦だと知って、『これは適役だ』と思った。
 合宿の時、彼女の世話振りは、大したものだった。何事にも良く気が付いて、いつも身軽に行動していた。
「山ノ上さんはどうなの? 大学へは行くんでしょ」
「うん。大学へは絶対に行くつもりなんや。それも、大阪か京都の大学や。けど、大学に入れて貰われへん程ボクの頭が悪かったら、どないにもしょうがないけどなあ」
「またそんな、しょうもないことを言うて・・・」
奈々子は、ナイフを持った手を口に当てて、クスクスと笑った。
「剣道はどうするん? 大学でも頑張るんでしょ」
「当たり前やんか。ボクから剣道を取ったら、ナンにも残らへんでぇ。もぬけのカラやで」
奈々子との会話が楽しくなった。目が合っても恥ずかしくなくなったし、胸もドキドキとしなくなった。免疫ができたのだろうか。このままずっと話していたい気分になったが、そうはいかない。帰る時刻が迫ってきたのだ。
「卒業して大阪へ行ったら、向こうで会えるかも知れへんねえ」
「そうなったら、アタシ、うれしいわ・・・」
目を伏せるようにしてコーヒーを飲んだ奈々子は、ゆっくりと顔を上げ
「山ノ上さん。今度、またアタシが誘ったら、今日みたいに来てくれる? 」
うっとりとした表情で言った。
「おおきに。それは嬉しいけど、ボクには今、やりたい事があるんや。いや、もう始まってるんや。そやから忙しくなるねん。今度は来れるかどうか、分かれへんのや」
言葉に力を込めて言った。
「そう、やりたい事があるの。忙しくなるのん。そやったらアタシ、無理を言われへんわねえ」
さも残念そうに、声を落とした。
「うん、ゴメンな。ボクは剣道部を創ったんや。一緒にやろうと言う仲間も集まっているし、場所も確保出来たんや。頑張って練習して、出島商業に負けへんような、強い剣道部にするんや」
熱っぽく語ったが、その勢いで、コーヒーをポトッとこぼしてしまった。
「アッ! アカン! 」
慌ててカッブを押さえたが、膝の上のナプキンが茶色に染まった。それを見た奈々子は、キヤッキヤッと笑った。
「分かったわ、山ノ上さん。あんまり誘わんようにするわね。でも、アタシのこと、忘れんといてね」
気持を落ち着けたのか、奈々子は静かに言った。
『長岡さんのことやもん、ゼッタイに忘れるものか』と思った。
「アタシ、今晩はね、親戚の家へ泊めて貰うのよ。そやから、山ノ上さんを駅まで送って行くわ、ね」
食事のあと、又もや奈々子が支払った。
「今度はボクが払うよ。長岡さんに悪いやんか」
支払おうとしたのだが、今度も先を越されてしまった。
「今日はネ、アタシが山ノ上さんを誘ったんよ。そやから今日はアタシに任せといて欲しいのよ。この次、山ノ上さんがアタシを誘ってくれたら、その時はみんなお任せしますからね」
そう言われると、仕方なく黙ってしまった。なんて気が弱いのだろう。
 

  

つづく

黄色い彼岸花黄ハート(珍しい!)
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posted by はくすい at 14:51| Comment(0) | ご報告
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