2018年09月19日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(65)

その一 異郷の空へ(65)
 

劇中に次から次へと演奏される、その音楽の素晴らしさに心を奪われた。学生たちの手によるオーケストラの圧倒的な響きは、目と耳を捕らえて離さない。特にビゼー作曲、歌劇『アルルの女』の中の二曲『メヌエット』『ファランドール』が魅了した。『メヌエット』はハープとフルートが主体の演奏で、静かな旋律の中に凛とした美しさを持っている。また『ファランドール』は王の行進を表わし、その重厚な曲は、怒濤が押し寄せる程の迫力があって、胸にドカンと衝撃を受けたのだった。
 青春の爽やかな友情に心を打ち、高鳴る感動の中に映画は終った。ふと見ると、奈々子はまだ興奮に浸っているのか、静かに目を閉じていた。その横顔はまるで京人形のようにきれいだった。やがて目を開けると、両手を胸の前に組み、祈るようなしぐさで
「良かったわァ。こんなに良い映画を見たのは初めてよ・・・。感動するって、こんな気持ちになるんやねぇ・・・」
大袈裟に手を広げて言った。表情が晴れやかだ。それでも、彼女が今の心を表現するのには、まだ足りないようだった。
「こんな映画、もっと見たいな・・・。山ノ上さんはどうやった? 」
「うん、ボクも素晴らしいと思ったよ。ホントに」
「そうお。そう言って貰ったら、アタシもうれしいわ。山ノ上さんを誘って良かったと思えるもん」
「うん、おおきに・・・」
来て良かった、と思った。まだ映画の余韻が残っている。
「ねえ、山ノ上さん。ごはん、食べに行きましょうよ」
奈々子の言葉に驚いた。これで解放されると思っていたのに・・・。けれども断るすべがない。でも、イヤではないのだ。
『貰ったお金が、残っている』少々高い食事でも、大丈夫だと思った。
 劇場の外へ出ると、すでに陽は西に傾いていた。冷房で冷え切っている体に、外の熱い風が心地よかった。奈々子は再び手を取ろうとしたが、彼はさり気なく空を切らせた。
「駅前の洋食屋さんが良いのよ」
その言葉通り、そのお店へ入ることにした。そこはすぐ近くであった。
 中に入ると、白いテーブルクロスの感じが良かった。
「ここはねえ、ランチがおいしいのよ」
その一言で料理が決まった。けれど、ナイフとフォークが大の苦手なのだ。
 注文したあと、暫く手持ち不沙汰であった。
「あのう・・・。ボク、長岡さんのこと、なんにも知らんし・・・」
やんわりと切り出した。
「あっ、そうやねえ。アタシ、まだなんにも言うてへんかったわねえ」
彼女は椅子に座り直し、そして静かに話し出した。
「アタシの名前は長岡奈々子。出島商業の一年生で、剣道部のマネージャーよ。アッ、そうか、それは知ってたわね。お家(うち)は学校のすぐ近くやし、両親は元気よ。それに、お姉さんが一人居るのよ」
そこまで話した時、料理が運ばれてきた。

  

つづく

紅白の彼岸花黄ハート
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posted by はくすい at 16:50| Comment(0) | 虹のかなた
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