2018年09月18日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(64)

その一 異郷の空へ(64)
 

「ねえ、注文は何が良いの? 」
「ボクはジュースでええよ」
「アタシはクリームソーダーよ」
奈々子はニコニコとしながら注文した。まだ恥ずかしくて、彼女の顔を正面から見られないでいた。
「山ノ上さん。一つ質問しても良い? 」
「うん、ええよ。かめへんよ」
どんな質問があるのか、ちょっと気になった。
「山ノ上さんは、この辺の人とは違うんでしょ? 初めて会うた時から、そう思ってたんよ」
「うん、違うよ。ボクは、六月に大阪から引っ越してきたんや」
「やっぱり、そうやったのねえ。海山高校って剣道部がない筈やのに、ウチの合宿に来るやなんて、おかしいと思うてたんよ。それも一人だけやし」
「大阪の泉川高校と言うて、剣道の強い学校なんや。ボクはそこに居たんやけど、お父はんの仕事の都合で、海山高校に通うことになったんや」
「そう・・・。山ノ上さんて、苦労してるんやねえ。でも、一人で合宿に来るやなんて、大変な勇気やわ。アタシ、感心する」
「ううん、苦労なんかしてへんよ。けど、合宿は楽しかったなあ。思いっきり練習出来たし・・・」
「アタシが居たから、でしょう? 」
スッと身を乗り出して言った奈々子を見て
「いや、そんなん、関係ないよ」
と妙な弁解をしたが、カッと顔が熱くなった。慌ててジュースを飲んだが、合宿の時のように咳き込むことはなかった。奈々子は
「ウフフフ・・・」
と小さく笑った。
 彼女には今迄に色々と誘いがあったのだ。これだけの美少女なのだから、当然である。けれども、そんな軽薄な誘いには乗らなかった。ただ、合宿に参加した二郎だけには、興味を示したのだ。
「そしたら、行きましょ」
奈々子は立ち上がり、歩き出した。慌てて帽子をかぶり、あとを追った。支払いを自分がするつもりだが、先を越されてしまった。
「あのう、それはボクが・・・」
時すでに遅しであった。
 ミルクホールのすぐ近くに、有楽座があった。古い映画館である。館内は案外に空いていた。日盛りの最中なので、観客が少ないのだろう。奈々子は売店でサイダー二本と、袋に入ったお菓子を買ってきた。
『さっき、ミルクホールへ行ったばっかりやなのに』と怪訝な顔で見ると、きまり悪そうにニッと笑い、ペロリと舌を出した。そのしぐさを見て
『なんて可愛いんや! 』又もやドキッとするのであった。
「山ノ上さん、こっちが良いわよ」
二郎を手招きした。見ると中央の席が空いていたので、そこへ二人並んで座った。スクリーンの正面で、見頃の良い席である。
 やがてブザーが鳴り、場内が暗くなった。映画『青春のオーケストラ』が始まった。さすがにフランス映画である。それは総天然色作品であった。
 明るくて開放的な、パリの下町にある高等学校。そこに繰り広げられる、健康的で甘く、そして少し悲しい、初恋の物語であった。
 恋人二人を含む音楽部の生徒たちの活躍が、生々としていて実にあざやかだった。男女の肢体が、伸びやかでしかも美しい。
「良いわねえ・・・。アタシもやってみたい・・・」
思わず洩らす奈々子の言葉が、新鮮で印象的であった。


  

つづく


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posted by はくすい at 15:24| Comment(0) | 虹のかなた
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