2018年05月08日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㉟

その一 異郷の空へ㉟
 
東側にある四段の棚の中に、古い剣道の防具が八組もあった。防具があると言うのは、この雨天体操場で剣道の稽古をやっていた確実な証拠である。
『これはありがたい。間違いなく、ここは道場やったんや』心が躍った。
 それらは相当に痛んでいたが、形はしっかりとしていた。また、竹刀も二十本程あった。多分戦争中か、それ以後の先輩たちが使っていた物だろう。
 荷物が片付くと、次は床の掃除に取り掛かった。教室から掃除用のバケツと箒を持って来た。水を汲んで来て、その中に新聞紙を細かく手で千切って水に浸した。紙がビタビタに水を含んだところで、その紙を床面一面に撒き散らした。バケツに何杯もの量が必要であった。箒で掃く時に埃が舞い上がらないようにする知恵である。
 箒で端の方から丁寧に掃いて行く。この元雨天体操場は、教室よりも広い様で、すぐに腰が重くなり痛くなってきた。今迄は稽古の度に、箒掃除と雑巾掛けは欠かさなかったけれど、こんなにも腰が痛くなった事はなかった。 多分、道場では、大勢で軽い埃ばかりを掃いていたからだろう。今のようにたった一人でやるとなると、濡れた新聞紙が重く、その上量が多いので、こんなにも大きな苦労となるのだ。
 度々に腰を伸ばしては一息入れ、そして又、掃き続けた。人間一人の力というものは、全く小さくて頼りない物のように思えるが、休み無く時間を掛けて、たゆまなく努力を続けていけば、どのような困難をも克服し、やがて成就に向かって行けるものなのである。

床にこれだけの埃があるのだから、天井や壁にも当然、埃が溜ってあるはずなのだ。そこで考えた。箒の柄の端に竹刀を括(くく)り付けて丈を伸ばし、天井と壁にも掃除の手を伸ばしたのである。そうすると、雨が降る様に、天井や壁から埃がバラバラと降って来たのであった。

 ようやく箒による作業は終った。しかし、たった一度だけでは心もとないと思ったので、もう一度やろうと決心した。今度は端から端まで細かく掃き込んでみた。すると、永年に亘って積もり重なったチリ・埃とは恐ろしいもので、『ウソ! 』と思う程に、再び出て来るのであった。
 そして最後は、用務員室から借りて来た座敷箒でやってみた。なんと不思議な事に、キメの細かい座敷箒は、ものの見事に埃を退治してくれたのである。だが、階段の下には、ゴミの小山が築かれていた。
 荷物と埃が無くなると、海山道場はその広々とした空間を、目の前に、見事に現わしたのであった。それを見て
『おお、これは広い道場や・・・』口から感嘆の言葉が洩れた。
 だが、これからが又、強烈な作業が待っているのだ。それは、本当の意味での、床面の清掃なのである。
 水道の蛇口の下に二つのバケツを置き、交互に水を注いだ。水を注いでいる僅かな時間が、大切な休憩時間となった。バケツのそれぞれが一杯になると、それを両手に持って階段を登り、床面に撒くのだ。その行動は、彼の腰を容赦なく痛め続けた。その上、自分が撒いた水に足を滑らせて何度も転んだ。痛む腰をコブシで叩きながら、水を撒き続けたのである。
 その後、粉石けんを撒き拡げた。船の甲板を船員たちが磨くように、柄の付いたブラシで床を強く擦(こす)るのである。 

 恐ろしい重労働だ。中腰で立ちながら、広い床面をブラシで磨く気の遠くなるような作業は、決して手抜き出来無かった。何も考えず、ただひたすらにゴシゴシと磨いた。水の残っている所は良いが、乾いている箇所には再び水を撒かねばならない。ブラシで擦って水を撒く。水を撒いてブラシで擦る。イタチゴッコのような作業は延々と続いた。いつ終るのか予想などつかなかった。もう時間など、関係は無かった。
 


  

つづく



山菜にもはまってます!イタドリ(スカンポ)で餃子黄ハート
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posted by はくすい at 15:42| Comment(0) | 虹のかなた
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