2021年03月18日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(99)

その二 悲しみと苦しみ(99)
 
練習に明け暮れし、七月になると期末考査がある。一学期ぐらい過ぎるのは早いものである。今年の夏は殊の外、暑そうである。
 この月末には、高体連による暑中稽古が三日間開催されるのだ。昨年は、まだ部活が無かったので、高体連からの連絡も受け取っていなかった。それで、その存在さえも知らなかった。
「ええか、お前たち。暑中稽古に必ず参加するんやぞ。俺も参加するから、サボッてる奴はすぐ分かるんやぞ。もし、そんな奴を見つけたら、合宿の時、思いっきりシゴいてやるからなっ! 」
剣持先生は、恐い顔をして部員たちに脅しをかけた。そこまではっきりと言われると、部員たちに逃げ道はなかった。
「ハイッ! 必ず全員参加します! 安心してください」
部長として、そう言うしかなかった。
 「えらいことになったなあ・・・。こんなんやったら、夏休み中どこへも行かれへんやないか。泳ぎにも行かれへん」
苅川が愚痴をこぼした。弱音、愚痴は苅川の特技なのか。
「大丈夫やで。お盆と、その後に休みがあるで。どこへでも行けるよ」
苅川を慰めた。だが、彼が旅行するのかどうか、それは疑わしい。
「そうよ、一緒に行きましょうよ。池上さんも行くし、場所は苅川さんの方が近いやないの」
その通りである。暑中稽古の会場は、五保市の五保商工高校だ。苅川の家からは、例の臨港線に乗ればすぐなのだ。
「いろんな先生方と稽古出来るんや、こんな時にいっぱい稽古したら、腕があがるんや。そう思うやろ」
「うん。それはそうやけど、あんまり気ィが進まへんなあ・・・」
苅川は本当にそう思っているのだろうか。
 
 
  

つづく

桜が綻び始めた晴天の今日、合格発表でした。 5科1クラス 35名定員です
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posted by はくすい at 14:53| Comment(0) | 虹のかなた

2021年03月04日

「旅日記」総括

『 「旅日記」総括 』

北海道から九州、そして海外、いよいよ地元大阪に戻る前に、一旦、「旅日記」を総括させて頂こうと思います、重なる部分はお許しください。

海外、いずれも先駆け成功を創りだすことが出来ました。

インドの民族調から始まり、ファッションの流れは民族調の継続、まだまだ続くと判断、そこで目新しさを出すこともあり、グアテマラ(マヤ文明の栄えた国)の民族衣装の計画をまとめ、会社に申請しました、

許可は取れたのですが、今度は他部門の上司から「俺も行ってないのに、お前は生意気や」と横やりを入れられ、数日後圧力で部署移動。

その上司(他部門であるが会社のボス的存在)、私は当時名もなき小部門フォーマルウェア部門への移動。
ひかないのが私の信条、素材開発から始まり大きく事業を拡大、黙ってないのは私を追いやったその時の上司、今度は商社を通じて素材を全てその商社経由にと圧力をかけてきました。

そうこうしている最中、その商社は日本における戦後最大の経済事件が発覚、同時に私を追いやった上司も、形は円満退社ですが会社を去っていきました。

巻き込まれなくて本当に良かったと思っています。

部門は安定してきたこともあり、私の夢シルクロードの淵源地イタリアと商売したいと、イタリアデザイナーと直接提携、これからの婦人服は専門店、その為の専門店開発。

苦労はしましたが軌道に乗ったところで若手に委譲、全国のグループ会社を統括する仕事に転勤。

そこではグループ会社の出店・改装等を支援援助していく仕事です。

経験がなければ勤まりません。

全国隅から隅まで、地域の特性を知らなければ仕事は進められません。

ここでも人生を変える大きな経験をさせて頂きました。

旅好きの私にはピッタリだったかもしれません。




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いずれも最近写したもの、何を眺めているのでしょう!一羽の白鷺が何かを眺めている姿を見て、心に深く沁みるものを感じました。
posted by はくすい at 16:19| Comment(0) | 旅だより

2021年03月02日

M35宮坂正春氏遺作 青春小説『虹のかなたへ』連載第2章 その二 悲しみと苦しみ(98)

その二 悲しみと苦しみ(98)
 
それから後、山崎田先生は毎週火曜日と金曜日の二日間、稽古に来るようになった。大変有り難い話なのだが、初稽古の印象が余りにも強烈であった為に、先生を恐れたのだ。それで、先生との稽古をためらいがちであった。失礼極まりないことである。
「オーイ。またあのオジン先生、来てるで・・・。オレらには剣持先生一人だけでもたまらんのに、その上、あの先生にやられたら、もうあかんで・・・。なんとかならへんのやろか」
苅川や、一年生たちが良くグチをこぼした。
「アホなこと言うたらアカン。先生かてお忙しいのに、汽車賃まで使うて、わざわざ来てくれはるんやで。それを感謝せなアカンやないか。そんなこと言うたら、バチが当たるで」
と苅川をたしなめるのであった。
「そんなん言うたかて、シンドイのはシンドイや。ホンマやないか」
苅川も案外強情だ。引き下がろうとしない。
「アホッ! ナニを言うてんのや! これ位の練習でへこたれたらアカンやないか。お前ら、強うなりたかったら、文句をぬかさんと稽古せんかい! さっさとやれ! ホラッ、サボるな! 」
不田が苅川を叱った。苅川はふくれっ面をしたが、正論には勝てなかった。
 当の山崎田先生は、遙かな高みに立ってみんなを見ていた。初稽古の時、各人の技量・体力などを知り、記憶に留めた。そして稽古方法を見事に分析したのだ。稽古をする時、生徒の持てる実力より、ちょっと上に立って相手を引き上げるのだ。そこが、この先生が非凡と言われるゆえんである。だからこそ、部員たちは先生の竹刀捌きの魔法にかかったようになり、夢中になって稽古をするのだった。
 吐く言葉もその技術の一つである。部員たちは未熟だから、構えが悪いし攻めも弱い。その上、動作がまる見えであるから、すかさず言葉に出してやるである。メンを打って来るのが分かれば
「オウ、メンに来るのか」
と言ってやるのだ。すると相手はハッと気付き、急いで戦法を変えようとする。それを何度も繰り返すことで、自分の攻め方を研究し工夫をするのだ。 剣道には、瞬間的な決断と、それを実行に移す瞬発力、俊敏な動きが要求されるのである。どんな技も、中途半端では一本には成らない。部員たちは気が付いていないのだが、この山崎田先生と稽古するようになってから、剣持先生との相乗効果により、急激に技量が上達して行ったのだ。

 
  

つづく

今日は第73回卒業式です
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posted by はくすい at 16:10| Comment(0) | 虹のかなた