2020年06月25日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(78)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(78)
 
先輩方六人と、剣持先生が上(かみ)に立ってズラリと並ぶと、実に壮観だった。二郎は胸が高鳴った。そして真っ先に吉雪先輩にかかって行った。竹刀を交えると、さほど大きくなかった先輩が随分と大きく見えた。今や成長し、背の高さは百七十センチに届くという二郎より先輩は低い筈なのに、随分と大きく感じられたのだ。面金の物見から見える先輩の目は、スッキリと澄んでいる。だが、鋭いものを感じた。
オリャーッ! 」
掛け声を発し、機を見てメンへ打って出ようとした。その瞬間
「メンなりっ! 」
先輩が飛んで来て、メンをビシッ! と打たれた。
「あっ! うそっ! 」
見事な技であった。いわゆる『出頭(でがしら)メン』である。相手が打って出ようとする、その瞬間を捉えてメンに打ち込むのだ。相手の心を読む深い洞察力、鋭くてキレの良い太刀筋と瞬発力が要求される、高度な技なのである。
「クソッ! 」
奥歯を噛みしめた。先輩に一礼すると再び対峙した。今度は先手を取ってメンに打って出た。その刹那、先輩の姿はフッと消え、胴に衝撃をドカンと受けた。
「ドウなりっ! 」
見事に胴を抜かれたのである。
「ウッ! ・・・」
思わず唸った。どうすればこの先輩を打てるのだ・・・。ふと、心に迷いが出た。それを見逃さず、瞬時に打ってくる。
 なす術もなく連打を浴びた。剣持先生が三度も敗れたと言うのが、身を以て分かった。恐ろしい強さだ。精一杯に打って出た。打たれようが除けられようが、かまわなかった。息が上がり足がふらつくようになった。身体全体に汗が溢れた。だが、吉雪先輩は涼しい目をして、平然としている。
 もう一度打って出たとたん、体をドンと突かれてバランスを崩し、床にドッと倒れ込んだ。汗が目の入り、とても痛い。息がゼーゼーと苦しく、動悸が激しい。意識がもうろうとなってきた。
「なんや、これぐらいでバテよってっ! それでも海山高校生かっ! 」
吉雪先輩は罵声を吐き、竹刀を杖代わりにしてフラフラと立ち上がろうとしている彼の頭をバシッと打った。
『クソッ! 負けてたまるもんかっ! 』と立ち上がった。そして再び竹刀を構えると立ち向かった。
「オリャーッ! 」
鋭い気合いを発した。そして大きく竹刀を振りかぶって、先輩のメンへ飛んだ。その竹刀は、先輩の頭上を見事に直撃した。
「よしっ! それでええぞ! 」
つまり、メンを打たせてくれたのだ。そこで先輩は稽古を終った。相手の息の上がり具合を見て、丁度良い頃合いだと踏んだのである。
 下(しも)へさがり廻りを見ると、部員たちは全て先輩方に翻弄されていた。
『実力が違う』ではない『赤子の手を捻る』程なのだ。
 今はたった一人の先輩に掛っただけなのだ。あと五人も先輩は居るし、体力の消耗が激しく、部員たちは瞬く間に全員がへたばってしまった。それを見越した先輩方は、仲間同士で立ち会い始めた。
 苦しい息を吐きながら先輩方の稽古を見て、アッと驚いた。なんという素晴らしい剣道なのだろうか。技は大きく鮮やかで、その上スピードが早い。足捌きがスムーズで出足が鋭く、返し技が見事である。これ程になるまでには、どれほどの鍛錬を積んで来たのだろうか。そしてそれが、自分たちに出来るのであろうか・・・。
 やがて稽古は終了した。終礼の時、吉雪先輩が口を開いた。
「ご苦労さんでした。今日は久し振りに楽しい思いをさせて貰った。これはお前たちのお陰やし、この道場のことも剣持先生から聞かせて貰った。みんな良く頑張っていると思うで。それで、俺たちで相談したんやが、これからは月に一度ぐらいO・B会をやりたいと思うています。俺らの先輩や後輩にも声を掛けて、出来るだけ沢山の人数を集めたいと思います。そしたらお前たちも稽古の相手が増えて、ちょっとでも進歩して行くんやないかと思うんや・・・。日程の方は剣持先生に相談して決めるよってに、これからも宜しくお願いします」
これは、ありがたい話だと思った。強くなる為には一に稽古、二に稽古、三・四がなくて五に稽古なのだ。それも幅広く、出来るだけ多くの相手と竹刀を交わす回数を積まねばならないのだ。
「ありがとうございました」
全員が深々と頭を下げた。先輩方は後輩が可愛いのか、一人宛五百円を出し合って、合計三千円という大金を剣道部の軍資金として供出してくれたのである。なんとも有り難い話である。
 
  

つづく

漬物石がドンドン増えてます(^^;
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posted by はくすい at 20:24| Comment(0) | 虹のかなた

気まま旅『 その弐四 岡山県 その三 』M38泉谷忠成

『 その弐四 岡山県 その三 』


岡山県出身の有名人は政治家を始め芸能人・文化人・スポーツ選手など多くを輩出しています。
ヴァンジャケット「VAN」の創業者、石津謙介氏も岡山県岡山市出身、アイビールックの生みの親でもありメンズファッションの神様と呼ばれました。特にブレザーとボタンダウンシャツをベースとしたファッションスタイルアイビールックは当時の学生の間で大流行、一世を風靡しました。国鉄・警視庁・日本航空・ヤマハなども石津デザインのユニフォームを採用された、との事です。私の学生時代は貧乏学生、高嶺の花でした。むしろ妬みにさえ思っていました。会社に就職、韓国に出張した時のことになりますが、韓国の工場に訪問した際、先方の工場責任者から思わぬお話が、ここはVANの専属工場、今は厳しい環境、工場継続に協力してもらえないかとのお話が、一世を風靡したVANも厳しい環境に至っていると認識させられました。工場を拝見させていただき、驚いたことは丸みを帯びた型が並んでいた事です。生地そのものにしっかりと形を整え、その上で縫製を進めていました。婦人服ではとてもそこまでは考えられませんでした。
※平面裁断と立体裁断について少し触れておきます。
〇平面裁断は紙の上だけで寸法に基づいて作成
〇立体裁断(ドレーピング)はボディ(洋裁で使う人体模型)に布を当て洋服のシルエットをボディから実際にとって型紙を作る方法
〇オートクチュール、個人の体型に合わせて裁断縫製
話は戻って、「TPO(Time、Place、Occasion)」、「カジュアル」、「Tシャツ」、「トレーナー」、「スウィングトップ」、「ステンカラーコート」などの和製ファッション用語を定着させたのも石津謙介氏とは驚きですね!



玄関の紫陽花も元気よく咲いています
玄関の紫陽花も元気よく.jpg

posted by はくすい at 19:24| Comment(0) | 旅だより

2020年06月23日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(77)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(77)
 
 二日後の水曜日。剣持先生より通達があった。土曜日の午後、吉雪先輩が仲間を連れて稽古に来る、と言うのであった。人数は定かではないが、一人や二人ではないだろうと思った。
「なあみんな。ボクらが、これだけ頑張ってるという処を見せつけてやろうや! そしたら、先輩たちも喜んでくれると思うで」
その言葉に、部員たちは声を揃えて同意した。
『伝統もなにもない今の剣道部に、これからは、先輩たちの伝統を繋いで行くことが出来るのだ』そう思うと嬉しかった。昨年の夏、出島商業剣道部の日誌の中にあった、強い時代の、海山高校剣道部の姿をこの目で見られるなんて、まるで夢のようだ。
 約束の土曜日の午後、先輩方がやって来た。総勢六名の団体である。先輩方は物珍しそうに海山道場を眺めて、お互いに言葉を交わしていた。
「へえーっ、ここがこんな道場になったんか。ええもんやなあ・・・」
「儂らの時は、ここは物置の倉庫やったんやで。こんなええ道場になるやなんて、信じられへんで」
「そうやなあ・・・。風通しはええし、道場としては抜群やな」
「俺らの道場はせまかったもんな。これぐらいあったら、もっと稽古出来たのになあ・・・」
部員たちは大きな声で挨拶し、先輩方の防具を奪い合うようにして受け取った。そして剣持先生の教え通りに素早く行動した。不田も井仲も真剣な顔つきで作業していた。

 
  

つづく


いろんな新じゃがです^^
紫はデストロイヤー(中身は普通)黒はシャドークィ―ン(中身も黒!)
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posted by はくすい at 14:26| Comment(0) | 虹のかなた