2020年04月07日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(64)M35宮坂正

その二 悲しみと苦しみ(64)
 
夜遅く母が帰ってきた。もう、午前の零時を廻っている。
「二郎ちゃん、ただいま。遅くなってごめんね。これでも、精一杯早く帰ってきたつもりなんよ。大阪は遠いわねえ」
「お母はん、お帰り。大変やったやろ・・・」
「そんなことないわよ。平気やわ、これぐらい」
母親の顔を見て、『オヤ? 』と気付いた。
 ついこの前、大阪で会った時とは、まるで様子が違うのだ。相当に疲れが溜っているように見えた。勿論、父親の死に直面しているのだし、暗い電球の下だから余計にそう見えるのかも知れない。だけど、顔色は悪いし、表情は固く重苦しい。急に顔のシワが増えたようだ。たった十日足らずの間に、これ程までも変わるものなのだろうか。
「お父さんがねえ、大変悔しがってはるのよ。まだ歩かれへんよってに、お義父(とう)さんの葬式に出られへん。こんな悔しいことはないって・・・」
里子が溜息まじりに言った。その声が妙に沈んでいる。いつものあの快活さは、まるで見えないのだ。
「なにか、悪いことが起こらなければ良いが・・・」
ふと、不安な気持ちになった。

  

つづく


明日の入学式は緊急事態宣言で中止↷飾るはずだったお花を分けて頂きました。
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posted by はくすい at 15:59| Comment(0) | 虹のかなた

気まま旅『 その弐壱 徳島県 その二 』M38泉谷忠成

『 その弐壱 徳島県 その二
 』



徳島の歴史を語るとき、藍を除いて語れないと思います。
阿波藍栽培のはじまりは、平安時代から始まったと言われています。とくに戦国時代は武士のよろい下を藍で染めようと、藍の需要が高まり、藍玉の加工が本格化し、その後徳島藩では藍の生産を奨励、その収入で藩の財政を確立するまでになった、との事です。

元禄期は全国的に綿作と木綿生産が普及し、阿波藍生産の大発展をもたらせましたが、明治30年代にはドイツから科学染料が大量に輸入されたため、衰退期に入って行きました。しかし、いま又天然染料の良さが見直されています。
徳島は、この藍染めの元となる藍染料「蒅(すくも)」づくりの本場として、現在もその伝統が引き継がれています。

デニムの生地は岡山県井原市・広島県福山市が一大産地 ジーンズの生産は岡山県倉敷市児島地区 現役時代はいずれも再三訪問した事を覚えています。岐阜の取引先では出来上がった製品をダメージ加工して表情を出す洗い加工、刺繍など懐かしい思い出です。
 更に藍色は、現東京オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムカラーになっています。




近くの公園の桜です
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posted by はくすい at 15:44| Comment(0) | 旅だより