2019年12月26日

年末のご挨拶

今日26日が白水会の仕事納め、今年もあっという間の1年でした。
稲地先生や役員理事、御三家の方には何かと助けて頂き、感謝しております。
この場をお借りし、『一年間本当にありがとうございます。来年も宜しくお願いしますネ』

 仕事初めは1/7(火)ですわーい(嬉しい顔)



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M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(46)

その二 悲しみと苦しみ(46)
 

「おはようさん」
「おはようございます」
声を掛けながらベッドへ近付いた。父は起き上っており、突然に来訪して来た二人を見ると、目を丸くして驚いた。
「おう! 二郎やないか。よう来てくれたなあ、まァこっちへ来いや」
「二郎ちゃん、来てくれたのね。まァ、真実子さんもいっしょなの! 」
思い掛けない来客に、里子は両手を広げるようにして喜んだ。
真美子はペコリと頭を下げると
「お久し振りです。お元気ですか、足の具合はいかがですか? 」
と声を掛けた。見事に優等生的な言葉である。
「ありがとう。体は元気やさかい、大丈夫や。怪我も順調でな、もう少ししたら歩く練習をするんやて、先生が言うてはった。もう少しの辛抱や」
ヒゲの伸びた顔で笑うその表情は、元気そのものだ。
「それで、事故の様子は、どうやったんですか? 」
「うん。あれは、しようもない事故や。俺が横断歩道をまともに歩いてたのに、自動車が横から突っ込んで来たんや。アホな運転手やで」
「そうなんですか。でも、早く手当が出来て良かったですねえ・・・。これ、つまらない物なんですけど、ウチの母からのお見舞いです」
そう言いながら、バッグから紙包みを取り出して里子に手渡した。
「まあまあ、そんなに気を遣って貰わなくても良いのに。すみません」
里子は有り難く受け取った。ベッドの横にある小さな花瓶の、彼女が入れたであろうチューリップの花が可愛いのであった。
「お茶でも入れるから、飲んでって」
小さな机の上に湯呑みを二ツ置き、急須でお茶を入れた。
「二郎。折角、真実子君が来てくれたんやから、帰りにはどこかへ寄ったらええで。ここに居っても、仕方ないもんな。アンタたちの顔を見たら、それで俺は嬉しいんや」
「そうよねえ。夕方まで時間はあるんでしょ? ゆっくりしたら良いわよ。二郎ちゃん、ちゃんと案内してあげなさいよ」
その言葉は半ば強制的でもあった。
「うん。草山さんは大阪が初めてらしいから、ボクがチャンと案内するよ」
「うれしいわ・・・。でも、小母さんのお仕事は大変なんでしょう? 」
「ううん。そんなことはないのよ。アタシは楽しんでお仕事しているのよ。会社の人も応援してくはれるし、大丈夫なんよ」
真実子を見る瞳が、やさしく輝いている里子であった。
「二郎ちゃん。ちょっと、こっちへ来て」
里子は廊下へ呼んだ。
「これを持って行きなさい」
と言って、千円札を二枚手渡した。
「ボクはお金持ってるよ。そんなん、気にせんでもええよ」
「ええやないの。あっても、邪魔にはなれへんでしょ」
「うん・・・。おおきに」
小さく礼を言って受け取った。大切な軍資金である。
 しばらくして二人は病院を出た。まだ午前十時を少し廻った処である。
「草山さん。どこか、行きたいとこある? どこでも案内するよ」
「そうねえ・・・、別にないのよ。山ノ上さんに任せるわ」
「そうか。それやったら、ちょっと歩こうか」
病院から北東へ川沿いに行った。ビル街を抜け、御堂筋へ出た。手前にあるのは日本銀行で、その向こう側には立派な大阪市役所がある。
「うわーっ、広い道路やねえ・・・」
真実子は感嘆の声を挙げた。この御堂筋は大阪で一番広い道路である。信号を渡り、市役所の前へ立った。
「そこに立ってよ。写真を撮ってあげるよ」
そう言って、自慢のリコーフレックスを取り出した。構図を決め、シヤッターを押した。ピントグラスの中で、真実子がニッコリと笑っている。
「この辺はね、中之島と言うんやで。仲々ええ処やろ? 」
「そうねえ、古い建物が多いのねえ。明治時代みたいな感じがするわね」
横にある階段を下ると、広々とした川沿いの風景になった。乙女の銅像が高くそびえており、辺りには鳩が群をなして飛んでいる。目を移して見ると、川にはポンポン船が忙(せわ)しなく行き交い、水上の交通も賑やかであった

  

つづく

高雄の魯肉飯❣
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posted by はくすい at 14:34| Comment(0) | 虹のかなた

気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その四 』M38泉谷忠成 気まま旅『 その壱四 鹿児島県 その四 』M38泉谷忠成

『 その壱四 鹿児島県 その四』



今年もあとわずか、この一年お付き合いいただき本当に有難うございました。
九州は平成に入り、高速道・新幹線と驚くほどの勢いで開発・発展して行きました。
新幹線が博多から西鹿児島迄開通しましたが開発途上、終着の西鹿児島では駅前商店街が百数十軒と土地確保・買収・立ち退き交渉にはかなりの年数を要しました。
一般に地権者が5軒以内なら比較的容易に進むと言われる中、百軒を超す立ち退き交渉は想定を上回る困難を要したようです。高速道においては、九州横断自動車道(大分〜鳥栖〜長崎)・九州中央自動車道(福岡北九州市〜宮崎・鹿児島市)と平成になって、九州を十字に結ぶと言った変わりようは驚くべき大変容と言えると思います。とにもかくにも九州は、平成に入って大発展、便利になりました。

話は変わって、鹿児島市に生まれた篤姫(今和泉家忠剛の第4子)、しかし島津斉彬の実子として時の13代将軍徳川家定と結婚、家定35才で若死にしたあと、前将軍の妻として大奥を仕切りました。
その篤姫が鹿児島から江戸まで乗った駕籠がアップの写真です。
安政3年(結婚1856.12.18)から(現在2019.12)当時の駕籠から、およそ160年経った現在の新幹線、年号も令和に変わりました。
これからの30年後50年後、更に更にどの様に変容して行くのでしょう!



篤姫の乗った駕籠
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posted by はくすい at 14:27| Comment(0) | 旅だより