2019年06月27日

「テレビでの感想」 M38泉谷忠成

「テレビでの感想」

「NHK BSテレビ」で会津塗の事が紹介されていました。
会津塗のイヤホンジャック 見た瞬間(ほしい)感動しました。
420年の会津塗を若い人たちがしっかり受け継ぎ未来に向かって挑戦を開始している。一見当たり前、なんでもない事のようですが、ここにしっかりした生き方が見られるような気がしました。
言葉ではIT・AIとの融合活用と言われながら掛け声倒れになっていることも多いのではないかと思います。
ここではUV塗料の開発によって細かなところにも瞬時に。P/Cにも 携帯にも 新たな挑戦が会津塗の可能性を押し広げています。

紫外線(UV)で硬くなる漆を含む「紫外線硬化型漆塗料(UV漆塗料)」を使った商品開発、UV漆塗料は、約2週間かかる漆の乾燥時間がわずか約1分で済み、生産性を大幅に向上、塗装膜が硬いため傷が付きにくく、金属など多様な素材に塗れる長所もあるそうです。
生活様式の変化などで需要が落ち込む会津漆器の将来に危機感を持った人達が今をしっかり見つめ、新しい次の時代を開いていく、素晴らしいですね、 感動しました! 
いずれの世界もファッションの世界も同じですね!



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posted by はくすい at 14:48| Comment(0) | 後輩たちへ

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(25)

その二 悲しみと苦しみ(25)
 
 汽車の中で、真実子と苅川に父親の件を話した。事故の原因、怪我の重さ、治癒するまでの期間などを隠さずに話したのだ。二人は驚き、同情をした。
「それで、小母さんはいつ帰って来はるの? 」
「うん。うまく行ったら、明日(あした)帰ると言うてたけど、歩けるようになるまで半年も掛かるのに、二日や三日で済む筈がないもんなあ。そやから、その半年の間、ボクは一人で頑張るんや」
「そう・・・。そしたらその間、山ノ上さんは大変やねえ・・・」
心配そうに真美子が言った。
「大丈夫やで。ボクには親戚が居てるし、ご飯もちゃんと用意してくれる。そやから、なんの心配もあれへん。お父はんも手術したから安心やし、あとは回復を待つだけや。平気、平気」
胸を張ってみせた。事実、そう思っているのだ。

「山ノ上君って、偉いんやなあ。ホンマに大人やで。オレ、感心したで」
「そんなんやないよ。こんな場面になったら、誰でも辛抱できるようになるよ。人間て、そういうもんやと思うで」
「そうかなあ。そんなん、オレには想像でけへん」
「あした、小母さんが帰ってきたら良いのにねえ・・・」
ポツリと言った、真実子の言葉が嬉しかった。
 今日は帰宅が早かったので、洗濯をやろうと思った。恵介宅で食事を世話になるのは良いとしても、その他で世話になるのは心苦しい。出来ることは自分でやろうと思った。
 先ず、三和土(たたき)でカンテキ(七厘)に火を起こす。紙を燃やして細い木枝を加える。勢い良く燃えたら小さな炭片を置いて、しっかりと燠(おき)を作るのだ。 練炭を乗せて着火する迄に、箒で座敷を掃き、雑巾で縁側や玄関の板の間を拭いた。水は冷たいが平気である。一生懸命にやると、額に汗が出てくる程になった。
 練炭の裾に火が付いたので、火鉢の中へ入れ込んだ。火が残っているカンテキの上に水を入れた洗面器を乗せた。沸くまでにはならないが、熱くなるだろう。火鉢の上にはヤカンを乗せておいた。これでようやく、洗濯をする用意が出来たのだ。
 肌着を盥(たらい)に入れ、洗濯石けんと洗濯板を使って、ゴシゴシと洗った。熱くなった洗面器の水を加えると、手先の冷たさが随分と楽になった。次はすすぎである。ヤカンの湯と井戸の水で何度もすすいだ。その後、手で絞り、物干しの竿に掛けてピンピンと引っ張った。空の青さに白い洗濯物のコントラストが良く、気持ちが良かった。
 
  

つづく


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posted by はくすい at 14:40| Comment(0) | 虹のかなた

2019年06月25日

気まま旅『 その壱参 三重県 その一 』M38泉谷忠成

その壱参 三重県 その一 』 



私の母は三重県名張市の出身、少し名張市の事を紹介したいと思います。
まず意外に知られていないのが、能を大成した観阿弥・世阿弥じゃないかと思います。
名張市伊賀服部氏一族の家系で観阿弥の父は伊賀の服部氏一族の武士であった。
観阿弥が息子の世阿弥とともに演じた猿楽能を足利義満が見物、以降、将軍はじめ有力武家、公家らの愛顧を得、観阿弥が率いる観世一座は幕府のお抱え的存在とみなされるようになりました。息子の世阿弥とともに、能を大成した人物です。

次にあまりにも有名な、伊賀忍者の事になりますが、私の子供の頃母親に連れられて母方の実家に何度か行きました。
そこでは表通りと裏通りの家には壁がなく繋がっており、その間には細い用水路の様なものがあって水が流れていました。
又、水路に沿って隣にもつながっており、表から侵入者が来れば、縦横無尽に逃げることが出来る、然も飲み水も確保できる、とした構造になっていました。
忍者屋敷があまりにも有名ですが、生活の場面でもこのような構造になっている事はあまり知られていないようですね。

伊賀上野市出身の松尾芭蕉
「野ざらし紀行」の旅 「奥の細道」の旅がよく知られています。旅好きの私には尊敬と共に単純に嬉しい!
芭蕉は未知の国々を巡る旅で、名所旧跡を辿り、多くの名句を詠まれました。

〇夏草や兵どもが夢の跡 (岩手県平泉町)
〇さびしさや岩にしみ入る蝉の声 (山形県・立石寺)
〇五月雨をあつめて早し最上川 (山形県大石田町)
〇荒海や佐渡によこたふ天河 (新潟県出雲崎町 )



松尾芭蕉生誕記念の俳聖殿
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posted by はくすい at 15:56| Comment(0) | 旅だより