2019年05月28日

行って参りました❣ C42田伏 勉 氏 クレパス画展

先週の金曜日、なんと自転車で(弁天町から)森ノ宮のサクラクレパス社まで、我が大先輩exclamation 田伏勉氏のクレパス画展の観賞に行って参りましたわーい(嬉しい顔)2時のトークショウを目指し、大阪城の坂をエッコラヘッコラとこぎあせあせ(飛び散る汗)ちょうど始まる前に辿り着きましたexclamation×2
30人近い方が観に来られおり、田伏氏のユーモアを所々とりいれたお話は、とても楽しく大好評でしたぴかぴか(新しい)


とてもクレパスで描いたとは思えない素敵な大作がたくさん飾られていました黒ハート

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ご自分の少年から現在までの自画像を説明される田伏氏
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管理人が気に入った絵
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posted by はくすい at 16:10| Comment(0) | ご報告

気まま旅『 その壱壱 東京都 その一 』M38泉谷忠成

その壱壱 東京都 その一 』 




入社数年後の話ですが、当時「婦人服は東京スタイル」があまりにも有名。
量販店としてはどこも商いをしておらず、是非とも商いをしたくて東京神田に、そこで早速看板を見つけたので、尋ねましたが受付で当社は倒産しました。
驚いてよく尋ねると、専門店事業部は事業整理、百貨店部門はあちらのほうです、と。百貨店事業部にあらためて訪問、取引を依頼。即口座申請、百貨店向けの商品を分けてもらったのが最初でした。
商品投入後、即完売。それが東京スタイルとしての量販店での商いの全くの始まりでした。
それぞれの製品は、袖付けのアームホールは楕円でゆったり腕が通しやすく、胸は自然なふくらみで、体にフィット。素晴らしい立体裁断。しかも工場は量産ラインを組まれていました。
商いも初年度から大きくスタート、当社としても東京スタイルに専属担当をつけて取り組みをさらに強化して行きました。当時、アパレル業界では日本のトップに君臨していました。

※現在の東京スタイルは(株)サンエー・インターナショナルに各ブランドを事業継承しています。変化・変化、時代に即応、先読みして行く事も大切ですね!



東京でも流行っているとか
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posted by はくすい at 15:49| Comment(0) | 旅だより

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(19)

その二 悲しみと苦しみ(19)
 

明くる日、昇段試験の反省と今後の活動を話合った。
「今までやって来たんやし、新入生が何人か入ってくれたら、やって行けると思うんや。そやから、練習を続けようや。なあ、そうやろ」
井仲が珍しく口火を切った。みんなは大きく頷き、口々に
「やりましょうよ! アタシはやるわよ! 」
「ワイは、ずーっと卒業するまでやる気やで! 当たり前やないかい」
「そうや。もっと強うなって、試合に勝つんや! 」
「そうやで。オレらは同じ部員なんや、仲良くやろうや! 」
と前向きの言葉を出したのだった。
 嬉しかった。少人数でも良いから、しっかりとスクラムを組めば強いチームになるだろう。荒れた土地の雑草であっても、春になれば可憐な花が咲くのだ。自分たちも、この学校に小さな花を咲かせて見せようではないか。そんな話の最中、安田先生が道場に来た。昇段試験全員不合格は先生の耳にも届いていた。そして上級生二人の退部のことも・・・。
「昨日の試験はみんな駄目やったな。儂は何も言わないで置く。一人一人、反省する処もあるやろう。石坂と浦山は、どうしても辞めたいと言うていた。それは仕方がないやろう。あとはもう、残ったお前たちだけでやるしかないんや。こんな境遇に負けんと、初心を忘れずに頑張ってくれ」
そう言うと先生は道場を出て行った。心なしか後ろ姿が淋しそうであった。
 もう賽は投げられたのだ。考えていても問題の解決にはならないし、物事は前に進まないのだ。夏の日に、たった一人ででも活動を続ける積もりではなかったのか。それを思えば、今は六人の仲間がいるのだ。恐れや悩みなど、何もないのだ。只、前を向いて進むだけなのだ。そう思うと心が晴れた明くる日、都合があって一人で帰った。通りから見える家の表は暗く、門灯は点いていなかった。玄関には、鍵が掛っていた。
「どうしたんやろう。どこかへ行ってるのやろか・・・」
母が出掛ける予定など、何も聞いていなかった。予備のキーで中へ入った。電灯を点けると明るくなったが、人の気配はない。ふと見ると、卓袱台の上に一枚の便箋が置いてあった。それは、母からの伝言であった。
『二郎さんへ。大阪でお父さんが交通事故に遭って入院しています。足の骨が両方とも折れているらしいけど、命には別状はないそうです。私は心配だから大阪へ行きます。恵介伯父さんにお願いしてあるので、食事はそちらで済ましてください。様子が分かればお店へ電話します。何かあれば、伯父さんに相談してください。里子』
突然の事件に愕然となった。驚きのあまり体がブルブルと震えた。
 父・武二郎は去年の六月に会社が倒産し、大きな苦渋を味わった。その苦しみがまだ回復していない状況の中で、交通事故に遭うなんて、どうして、こんな過酷で恐ろしい苦難に遭わなければならないのだろうか。命は大丈夫とは言うものの、両足の骨折とは重傷ではないか。全快するまでに、どれ位の入院が必要なのだろうか・・・。
 彼は祖父の店へ走った。少しは様子が分かるだろう思ったのだ。

  

つづく

全科応援
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posted by はくすい at 15:35| Comment(0) | 虹のかなた