2019年03月07日

気まま旅『 その壱弐 埼玉県 』M38泉谷忠成



映画「翔んで埼玉」何もないけどいい所!
3/始から封切、上映開始、人気上昇中。観た人の印象、前半エライ所に住んでしまった、後半良かった、が印象だったそうです。大阪人の私は敢えて見たいとも思ってないです。

銘菓も名所もないことで有名と言えば失礼すぎるかも、あえて挙げれば最近人気急上昇の川越の街並みか。
それでも娘一家がアメリカから帰国後、昨年埼玉に家を購入。理由は、駅前マンションは人気高く売ろうと思えばいつでもほぼ買った時の値段で売れるからだって?
埼玉県は帰国子女の受け入れ枠もあり、全国的にも教育環境が進んでいるようです。
孫娘たちは、ジャズピアノ、ヒップホップダンス、ウエブアートなど習い事を楽しんでいるようです。

話変わって当時、埼玉県三郷市(ララポート新三郷店)当然競合店調査として見学に行ったことがあります。ビッグな店舗としてだけでなく、店舗の斬新さに衝撃、驚かされました。(なんだこれは、と言ったのが正直な印象でした)さすが三井さんはやるー、といった感じでした。
大阪の和泉市にララポートができると聞き期待しましたが、新三郷のララポートにはとてもとても及びません。でも今は和泉市のララポート&コストコは私たちの常連の店になっています。
三井アウトレットマリンピア神戸はウィンドーショッピングでたまに訪問、感性UPしています。




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M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(1)

その二 悲しみと苦しみ(1)
 

昭和三十三年年は明けた。昨夜は除夜の鐘をラジオで聞いてから就寝したのだが、目覚めは同じであった。
「お母はん、おはよう」
「おはようさん」
冷水で顔を洗うと、とても爽快な気分になった。餅を焼く芳ばしい匂いが鼻をくすぐったとたん、腹がグーッと鳴った。それを聞きつけて母がクスクスと笑いながら言った。
「さあ、お雑煮が出来たわよ。お父さんが起きて来はったら、一緒に食べましょうねえ・・・」
すぐに父親が起きて来て、卓袱台に集まった。
一斉に「明けまして、おめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
と形通りの挨拶を交した。母はお銚子を持ってきて、父の杯に注ぎ、次いで二郎の杯にも注いだ。
「お正月やからね、お祝いしましょ」
盃を手にすると、プーンと妙な臭いがする。日本酒独特の香りである。口に含むと変な味がした。
『こんなヘンな味が、旨いのか』と思った。この日、生まれて初めてお酒を口にしたのだ。眉をひそめて味を確かめていると、父は笑いながら
「そうか、二郎にはお酒は初めてやったな。ホレ、お年玉や」
小さなポチ袋を渡してくれた。年末にリコーフレックスという素晴らしいお土産を貰ったのに、その上にお年玉とは夢のようだ。
「おおきに。お父はん」
この事で、父の事業が順調であるのを実感したのだった。そうでないと、こんなに大判振舞いができる訳がない。
「おうい、もう一本つけてくれ」
「ハイハイ。今日は元旦ですもんねえ」
母は気嫌良くもう一本、お銚子を持ってきた。
 昨夜、大人の会話を聞きかじった処によると、次のようであった。
 父は、以前の鉄鋼製品の仲買を辞め、知人の紹介で写真関係の用品や機械の販売を始めた。都会では写真の楽しさが爆発的に広まり、一大ブームになった。多くのメーカーから新製品が次々と発表され、飛躍的に売れているそうだ。それで利益が増大し、負債も激減しているとの事であった。
「どうや二郎。この天気やったら、露出はナンボや。SSやぞ」
父は上気嫌で言った。SSとはフィルムの感度のことで、ASA(現ISO)一〇〇である。
「そやなぁ。光が当たってる処やったら、絞り八でシャッターが二百分の一ぐらいかなあ。日陰やったら絞り五・六で百分の一やと思うけど・・・」
「うん、そうやな。よう当たっとる」
貰ったポチ袋をこっそりと開けて見ると、千円札が一枚入っていた。嬉しかった。お年玉が高額なだけでなく、父の事業が順調なのが嬉しいのだ。近い将来、大阪に帰る日が来るかも知れない。 
 休憩のあと、三人は祖父の家へ新年の挨拶に行った。座敷の処で、新年の挨拶を慇懃(いんぎん)に交わした。恵美子は黄八丈の着物を着ており、真っ赤な帯が良く似合っている。ちょっぴりお化粧をして貰って、仲々可愛い。
「お兄いやん、早う神社へ行こらよう。早くう、ねえ! 」
恵美子が手を引っ張った。
「うん、分かった。行くよ、行く・・・」
仕方なく外へ出た。するといつの間にか、恵美子の友達が待っていた。その五人の顔には見覚えがあった。夏休みに海へ泳ぎに行った時、参々困らせ、色々と手こずらせた、あのクセの悪い仲間たちだ。それぞれ親に着せて貰ったであろう、訪問着や四ツ身裁ちのウールのアンサンブルなどを着ている。
「おめでとうございます」
女の子たちは一斉におじぎをした。
「おめでとう。あんたたち、今日はえらい可愛いなあ」
まるで違うその姿に、眼を瞠(みは)った。
「今日はとは違うわよ。今日も可愛いのよっ。ウチらはみんな、いっつも可愛いんやからね。みんなそうよら、ねえ」
一番おませな山口良子が、唇を尖らせて言った。
「そうよら。あたりまえやんか! なあ、二郎兄やん。ウチらはホンマに可愛いやろ? そう思うているんやろ? 」
あとの連中が口を揃えて追従した。意外と生意気な女共である。
「よし、写真を撮ってあげよう。美人ばっかりやからな」
店の前に六人を並ばせ、自慢のリコーフレックスで写真を撮った。今年、撮影第一号である。それも新品のカメラで、である。ピントグラスに映る少女たちの顔は、実ににこやかであった。
 神社の社殿前でも写真を撮った。恵美子にポーズを付けて撮ってみた。血が繋がっているだけに、母の面影があるようで、気が休まる思いがした。
「お兄いやん・・・。ウチらはこれから良子ちゃんのお家(うち)へ行くんやけど、一緒に行こらよう。ええやろ、なあ? 」
稲本早苗が、手を取って誘った。斜めに向けた顔が、なんとも小憎らしい。
「えっ! いやっ・・・、ボクはやめとくよ。まだ用事があるんや。そやさかい、時間が無いんや」
すぐさま手を振って断った。こんな姦しい女共の中に男がたった一人だなんて。夏の海水浴だけで、もうコリゴリであったのだ。
「そんなこと言わんと、お兄いやん。一緒に遊ぼうよ。ご馳走もぎょうさんあるし、トランプやカルタもあるねんで」 
山原花代が少し首を傾げて、甘えながら裾を引っ張った。
「ごめんな。ボク、もう帰るわ。ホナ、サイナラ」
そう言うと、サッサと歩き出した。三十歩ほど歩いた処で
「お兄いやーん! 」
呼び声に振り返ってみると、女の子たちは精一杯おどけながら
「アッカンべーッ! 」
をして見せた。なんという憎たらしい連中だろう。思わずブッと笑ったが、手を振って応えると再び歩き出した。
 家に帰り、郵便受けを開けると、年賀状が届いていた。母に二枚、彼宛に七枚と計九枚であった。
 大阪の加本賢一と浅田幸夫。この田舎では不田、井仲、苅川の三人。なんと、真実子からも来ていた。そして最後が長岡奈々子であった。
 隣から届くとは思ってもいなかった。真実子のペンで書いた龍のイラストが、滑稽で可愛いかった。奈々子の毛筆は流麗であったが、これほど書けるとは思ってなかった。小さな文字で『お会いできる日を、いつまでも楽しみに待っています』と書かれてあった。


  

つづく



先に飛び立った先輩から、お祝いの言葉
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寒中見舞いにS40田仲氏より撤饌の善哉を頂きました❣ありがとうございます黄ハート
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2019年03月05日

気まま旅『 その壱壱 新潟県 』M38泉谷忠成




仕事では日本のニットを代表する五泉市に工場見学に行きました。
ミラノリブのニットスーツは扱いましたが、ニットはどうしても単品のセーター・カーディガンが中心になってしまい、アウトウェア主体の私にはどうしても布帛中心、あえて言えばカット&ソーのパーツ使いとしての扱いしかできず、苦手商材だったように思います。

新潟十日町にはお店もあり、そこでは仕事と言うより話題は魚沼産のお米に、本当においしいお米は魚沼でも平地栽培でなく段々畑のお米が最高、出荷も一般には出回らず、高級料亭へ直接出荷だそうです。
10Kg一万円以内では売られていないそうです。一度味わってみたい気もしますが、ムリムリ、と言ったところでしょうか!

北新井にもお店がありよく行きました。驚いたことに、近くの妙高高原駅には妙高山からスキーヤーが一気に駅の近くまで滑り降りてくるのです。
こちらは仕事、向こうはレジャー、何かうらやましいと言おうか、畜生と言った気分でした。新潟の新赤倉には友人がペンションを経営しており、誘われるままに家内と二人で尋ねました。
テニス場もあり立派なペンションで頑張っていました。秋冬春は新赤倉、夏場は休んで琵琶湖でヨット教室。趣味と実益を兼ねて奮闘していました。




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