2018年11月22日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(80)

その一 異郷の空へ(80)
 


十一月の下旬に、高体連による剣道の地区大会が予定されていた。その大会に出場したい、と思っていたのだが、海山チームのレベルの低さを熟知しているので、申し込むべきかどうか躊躇していたのだ。
 けれども、この草山真実子が戦列に加わったから、たとえ相手が強豪であったとしても、一矢報いられるかも知れない、そう思ったのだ。だが、そこにもう一つの問題があった。それは、彼女が紛れもない女子だと言う事である。小・中学生ならば良いが、高校生の試合で女子が出場した話を、今まで聞いた事がなかった。事実、昭和三十年代の前半には、女高生剣士は皆無に等しかった。稽古しているだろう女生徒が各地に居たかも知れないが、公式な試合には参加しなかったのである。
「先生。どうしましょうか、申し込んでもエエでしょうか」
「ウム、そうやなあ・・・。『モノは試し』という諺があるぐらいやし、ええ経験になるから、一度やって見ろ」
その一言で、大会へ参加の申し込みが決まった。
「今度の、地区大会へ出てみようと思うてるんやけど、どう思う? 」
部員に相談すると、その反応と表情は複雑であった。
「負けるのが初めから分かってんのに、なんで出るんや」
「おもろいやんけ、出ようや。一回でも勝てたら、大したもんやで」
「オレは試合に出てみたかったんや。ゼッタイに出ようぜ」
「そうや。試合なんか分からへんで。やってみる価値はあると思うで」
など、意見は様々であった。
 ここから先は、マネージャーの片山美紀の出番であった。恵と二人で、和歌山市にある高体連を訪れて、地区大会の申込み書を提出した。
 選手の名簿を受け取ったとき、その中に女子の名前があるのを見て、係員は『オヤ? 』と首を傾げた。そして別席の上司らしき男と、やり取りをしていたが、そのまま受理をした。


  

つづく


空港にてニョロニョロ黄ハート
IMG_1126[1].JPG


posted by はくすい at 15:58| Comment(0) | 虹のかなた

F科後輩達へ(7頁目) M38泉谷忠成

「イタリアデザイナーと直接提携 専門店造り 」

会社のトップから、イタリアのデザイナーと直接提携するとの話、小売り屋が海外のデザイナーと直接提携するのは当社が初めての試みで、日本経済新聞にも少しですが1頁目に記事が載せられました。
会社としても後に引けない、当然現場は逃げまくり、私の方に話が回ってきました。

ひそかに夢を持っていただけに、私はその話を受けることにしました。上司からは「突っ込むのは片足だけにしとけよ、どうせ失敗するのだから」と、早速提携調印の話、京都嵐山の元川崎男爵亭で社長以下勢ぞろい、先方はデザイナーとご主人のEU州会議員とともに来日、提携調印と同時に嵐山を望む大きな庭園を二羽の純白のコウノトリが庭園を横切って行きました、そのデザイナーは「オー」と歓声をあげられたのが印象的でした。
企画室長として、早速作業開始です。まず専門店を立ち上げてきて丁度、定年退職した所のベテランに協力依頼。デザイナー兼パターンナーを募集、有名専門店向け大手アパレルメーカーのチーフデザイナー採用を中心に数名で構成しました。店舗設計、出店交渉、更に一番重要な販売員の引き抜き、これが大変な作業でした。余談ですが、販売員(ファッションアドバイザー)の面接では、
@背筋がしゃんと伸びている人(前向きな人)
A少し落とした話の投げかけに乗りすぎるのはだめ、さらりとかわせられる人(お客様とうまく付き合える人)。などをポイントにしました。
※企業によってそれぞれ捉え方は違います。

販売トレーナーも日本を代表する専門店の販売トレーナーを週二回で来てもらうことにしました。
そこでは接客の在り方をしっかり学びました。後はデザイナーのイメージを崩さず日本人向けにどの様にアレンジしていくかの作業になりました。

出店も進み店舗運営・売上もほぼ順調に進められたと思っています。しかし、いくら会社の政策とは言え、初期投資資金の回収には苦戦しました。

若手に後を譲り部署移動した後、全国のお店を支援していく仕事に。
そこでは、仕事を通して全国津々浦々巡回、友人を全国に持つことが出来ました。

私の経験を一方的にお話ししましたが、ファッション工学科の皆さん、何か一つでも参考にしていただくか、笑い話のネタにでもして頂ければ幸いに思っています。


フィリピン
フィリピン3.jpg



韓国
韓国.jpg



posted by はくすい at 15:39| Comment(0) | 後輩たちへ