2018年07月19日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ(53)

その一 異郷の空へ(53)
 

夏休みも終りに近い日、昼過ぎに学校へ行った。海山道場の様子を伺いに行ったのである。校舎に近付くと活気のある歓声が聞こえて来た。運動場では色々なクラブが活動しているのだ。
『ああ、早く道場で練習をしたい』とは思ってみても、まだクラブが出来ていないのである。
 道場の中に入ってみると、この前の姿であった。裏の扉を開くと、風が通り抜けた。気持の良い浜風である。
 干しておいた防具などを取り入れ、角の小部屋(部室)に片付けた。自分の防具一式もその中に置いた。
 合宿最後の日、出島商業の部長から
「何時でも練習に来いよ」
との言葉が耳から離れないのだが、練習に行こうとは思わなかった。自分には、この海山道場があるのだ。ここで一人でも良いから、頑張ろうと思っているのである。そして、仲間を募るのだ。
 
九月に入り、新学期が始まった。生徒たちは、それぞれ日に焼けていた。「アンタなあ。よう焼けてるけど、どこかへ行ってきたんか? 」
ふいに、あの図体のデカい福井が声を掛けてきた。見ると、彼もよく日焼けしている。この福井の泳ぐ姿を想像してみた。大きなフグが波を受けて、アップアップともがいている場面が目に浮かんだ。思わず笑い出しそうになった。しかし、絶対に沈まないだろう。
「ううん。どこへも行ってへんよ。近くの浜で泳いだだけや」
「そうなんか。ワイは串本まで行って来たんや。潮岬まで行ったんやで。まっ白で大きな灯台やったわ」
福井は自慢気に肩をそびやかせて言った。
「良かったやんか。灯台の前には、広ーい公園があったやろ? 」
横の池上恵が口を挟んだ。その言葉を聞いた福井(フグ男)は、やにわに眉をひそめ、さも不機嫌そうに
「なんや。お前、知ってんのか。灯台へ行った事、あるんか」
憮然として言った。それを見た池上恵は慌てた。
「違うわよ。ウチ、写真で見たんよら。友達が絵葉書をくれたから、それを見て知ってただけよら」
手を振り、弁解するように言った。それを聞くと、福井の顔は急ににこやかになってニヤリと笑を浮かべた。
「そうか、そうやろな。あそこは遠いから、仲々行かれへんもんなあ」
再び自慢気に胸を張った。自分だけが最高の旅行をしたと思っているのだ。なんという単純な性格なんだろう。笑いたいのを口の中で噛みしめながら、辺りを見回すと、みんな下を向き、口を手で押さえている。
「そうよら! 潮岬って言うたら本州の最南端やで。滅多に行けるような処やあれへんで。よう行ってきたなあ、福井君。ほんでアンタ、一人で行ったんかいな」
級長の板頭が持上げて言った。みんなは福井がどんな返事をするのか、大いに期待していた。それは、いったいなになのだろう。
「ううん、一人やないで。パパとママに、連れて行って貰ったんや」
その答えにワーッと大笑いになった。
 こんなに図体のデカい男が『パパ・ママ』と呼ぶのは信じられない。少女じゃああるまいし、高校生なのに、この男の両親はどんな教育をしているのだろうか、と不思議に思った。
 

  

つづく


三輪神社参拝手水舎 (A31津田義貞氏の撮影)
6月26日 三輪神社参拝手水舎.jpg


posted by はくすい at 12:18| Comment(0) | 虹のかなた