2018年04月03日

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載開始!その一 異郷の空へ㉖

その一 異郷の空へ㉖
 
家に帰ると、一通の手紙が届いていた。それは、加本賢一からであった。手紙によると、先月の全国大会大阪府予選で、泉川高校チームは見事に優勝を果たし、二度目の全国大会出場が決まったとあった。また、将来に大きな目標が出来たのでとても嬉しい、とも書いてあった。
 この剣道部の無い海山高校でグズグスしている間にも、賢一たちは毎日多勢の仲間と共に稽古に励んでいるだろう。自分は彼らより技術的にも体力的にも、どんどんと離されて行ってしまうのだ。胸が熱くなり、たぎる血汐が逆流するかのように、頭がカーッとなってきた。
『悔しい・・・ 』そう思っても、今は何も出来ない。そんな自分がじれったかった。『早く、なんとかしなければ』焦ってみても仕方がない。イラだたしい気持ちで一杯になり、口の中がカラカラに乾いてきた。

 七月の初旬。一学期の期末考査が終った日。下校後、家へは帰らずに、鞄を持ったまま伯父の店へ行った。彼の胸の中には、ある大きな作戦が練られていた。店には、祖父が一人で店番をしていた。
「こんにちは。おじいちゃん」
「おお、二郎か。よう来たのう。ヨシヨシ、お茶でもいれようかいの」
「おいやんは、ないんか? 」(おじさんは居ないんですか?)
言葉にも、和歌山弁が混じってきたようだ。
「そや、ないよらよ。今、仕入れに行っとる。嫁は品物の配達やでな。恵美子もまだ学校から帰ってへんなァ。まァ上がれや」
「ハイ、すんません」
上がり框の横に、大きな幹をくり抜いて作った立派な火鉢がある。そこには一年中炭火が入っているのだった。祖父は立って台所へ行って、すぐに帰ってきた。見ると、両手に大きなサザエが四つ握られていた。そのサザエを、火鉢の火の回りの灰の中へに埋め込んだ。もう一度台所へ行くと、今度は酒の小瓶や箸などを持ってきた。そうするうちに、サザエがパックリと蓋を開けグツグツと煮えだした。祖父は、酒と醤油も少々たらし込んだ。
 真夏であるし、火の近くなので猛烈に暑い。額から玉のような汗が吹き出したが、かまわずに祖父に、先日の元雨天体操場などを詳しく話した。そして自分が、その場所を大掃除しようとしているのだと打ち明けた。
「ほうかい。そんなええ場所があったんかいのう。それやったらのい、ワイが手伝うてやってもええんやけど、そやったらお前のこだわりっちゅうもんに傷が付くやろ。ヨシヨシ、ワイがええ方法を考えてやろうかいのォ」
祖父は、酒をチビリチビリと飲みはじめ、焼けて湯気の出ているサザエを勧めてくれた。そのサザエは、さすがに美味であった。ここは、海がすぐ近くにある街だから、獲りたてなのであろう。
 しばらくして恵美子が帰って来た。三つ編みの髪と、白いセーラー服がとても可愛い。二郎が家に居るのを見つけると、とても喜んで
「お兄いやん! こんにちは! 」
と横にぴったりと寄ってきた。祖父は細い目を余計に細めた。
 祖父は納屋から大工道具を引っ張り出してきた。細い木の箱の中に、釘抜き、金槌、小型のノコギリ、ノミ、切り出しナイフ等を入れた。それらを纏めて古い背嚢(はいのう)に入れて持たせてくれた。因みにこの古い背嚢は、祖父が兵隊に行った時の物であるそうな。
「二郎や。これだけありゃあ、なんとかなるじゃろ。ちょっと重いけどのい、頑張ってやったらええ。きれいになったら、ワイにも見せてくれえの」
祖父は上機嫌であった。可愛い孫が、自分が好きな剣道の為に打ち込んでいる姿を見て、力を貸してやれる事が殊の外、嬉しかったのである。
「おおきに、おじいちゃん。ボク、頑張ってやるでェ。絶対に剣道部を創るんや! それからサザエ、ほんまにおいしかったわ。ほなボク、帰ります」
そう言って立ち上がった。今日は遊んで貰えないことを知った恵美子は、残念そうに唇を尖らせたけれど、すぐに笑顔に戻り手を振った。それは、いつもとは少し様子の違う、張切っている姿を見たからであった。

  

つづく




ブルームーン (青く無かったです!)
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posted by はくすい at 11:18| Comment(0) | 虹のかなた