2019年03月19日

気まま旅『 その壱五 神奈川県 二の一 』M38泉谷忠成

『神奈川県 二の一』

横浜市内ではまず山下公園、赤レンガ倉庫街、外人居留地区(建物のアクセントカラーが印象的)、帆船日本丸、横浜人形の家(赤い靴、はーいてたー、女の子♪♪♪)などなど、さすが感度UPの街。更に横浜中華街でお食事ですね。
私は中国料理の発祥ともいわれる中国蘇州で四川料理を頂いたのですが、その味(あっさり、すっきり)が忘れられず、横浜中華街で四川料理のお店に行きました。ところが見た目も味も違うのです。
お店の方にその事をお聞きすると、今は求められるものも変わってきているのです。
本来の四川料理を提供するお店は皆無になっている、私達も寂しくなっているのですよ、との事でした。

横浜市内の中心部に位置する三渓園は、生糸貿易などによって大きな財を成した岐阜県出身の原三渓によって開園されたそうです。前持っての知識もなく、突然訪問した私には大きな驚きでした。
市内の中心部に何でこれだけ大きな庭園があるんや、それも茶室や五重塔など各地からそのまま移設、贅の限りを尽くしての庭園でした。

話変わって、当社は横浜市内に街づくりを想定した郵便局・銀行・ホテル・高級外車販売などを有する超ビッグなショッピングセンターを造りました。
オープン時の売り物では水槽に入ったままの(ビッグなクエ、九州ではアラと呼んでいます)泳いでいる魚(クエ)をそのまま販売、お値段も超ビッグ、さすがに見世物で終わり買っていただくことが出来ませんでした。



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posted by はくすい at 15:18| Comment(0) | 旅だより

M35宮坂正春氏 執筆の青春小説『虹のかなたへ』連載第2章始まる!その二 悲しみと苦しみ(4)

その二 悲しみと苦しみ(4)
 

「すんません。ボク、もう帰らして貰います。また今度・・・」
立ち上がろうとすると、真実子が
「ううん。もっとゆっくりして頂戴。まだナンにも、お話ししてへんのよ」
真顔で言った。
「ねえ、お父さん。ちょっと早いけど、ごはんにしましょうよ」
「ああ、そうやな。そうしてくれ」
思い掛けない言葉に驚いた。
「お父さん、ちょっと」
父親は真美子と小声で話していたが、すぐに机の前に座り直した。
「山ノ上君は、剣道初段やったね」
「ハイ、そうです。でも、小父さんも強いんでしょ? 」
「儂か? 儂はまだ四段や。もう半年ほど、稽古しとらんな」
「そうですか、四段なんですか。すごいですねえ・・・」
流石だと思った。手の届かない高段位である。しかし『まだ四段や』とは、どういう意味なのだろうか。
「四段やけど、本当はもっと実力があるのよ。お父さんは、昇段試験を受けてないだけなのよ」
台所から真実子が言った。こんな四段の大人に稽古を付けて貰えたら、どれほど進歩出来るであろうか。考えただけでも嬉しくなってきた。
「小父さん。もし時間がありましたら、ボクたちに稽古を付けて頂けませんか。お願いします」
「そうやな、儂も久し振りに稽古してみたいな。真実子の相手も長いことしてないしな。やってみようか」
「ぜひお願いします。いつでも結構です」
「うん。考えておこう」
「山ノ上さん、お父さんを相手にしたら恐いわよ。突き倒されるわよ」
「オイオイ。そんなん言うなよ、二郎君が怖がってしまうやないか」
「でも本当よ。『ツキの草山』って尾道では有名やったのよ! 」
彼は驚いた。尾道で有名だったとは、思いもよらなかった。

  

つづく

頭が光ってました〜^^
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posted by はくすい at 15:04| Comment(0) | 虹のかなた

我ら! 卒後55年 一喜一憂の同窓会(D38)

栄えある伝統!!と、泉工校歌を毎年宴の終わりに熱唱している。
私達は38年色染工業科卒業生です。
還暦前から毎年10月に同窓会を開催しております。

早いもので既に古希も過ぎ、年々再会の楽しみが倍増 又会えば互いに安堵し、各々近況報告の中で体調話に盛り上がり、日々健康に感謝する昨今です。

まだ現役で仕事に従事する者又、趣味の釣り園芸スポーツ、他ボランティア活動と皆様々ですが、毎年開催にあたり通達と確認をする際に、一喜一憂で嬉事では昨年度には 叙勲者や地元地域のボランティア活動に貢献する者等、又反面驚き事では体調の異変等で、以前から大病で入退院を繰り返す者や体調を崩す者等で、前回は残念ながら常時参加していた二名が突然病死した事でショックも大きく、やはり年齢を意識し、これからも無理せず常に体調管理を怠らず、元気で毎年再会出来る事を望んでおります。



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posted by はくすい at 14:47| Comment(0) | 通信だより